『っちゅーことは孫市に話をつけておけば良いんじゃな? 確かにあいつはアポなしの男には会おうとせんからのぅ』


明るい声が受話器から返答を返してくる。
その言葉からは訛りを感じさせるが、逆にその声質とあいまって親しみやすさを表していた。


「申し訳ありません秀吉様」


別段とがめた様子もないのに素直に謝る。
三成が敬語を使う数少ない相手だ。
案の定電話の相手は気にするな、と軽快に笑った。


『しっかし嬉しいもんじゃの! お前さんの口からこういうことが聞けるなんて! ねねも喜んどるじゃろ〜?』
「…不愉快だっただけです」
『はっは! 照れんでいいぞ!』 
「…」


どうせ何を言ってもこんな風に言い返されるに決まっている。
言い返すのも面倒になって三成は口をつぐんだ。

と、ひとしきり笑った電話の主がふと尋ねた。


『…ところで三成。 お前さん自身の調子はどうじゃ?』


やはりそういう話にはなる。
この方も音楽と深い関わりを持つ方だから。
むしろこの方がいるからこそ、自分は今目標を持って音楽をしているのだ。


「順調です。 必ず成功させてみせます」


調子が良いのは本当だ。
練習量も練習の質も、自分が納得できるほど十分取れている。
手ごたえも感じていた。
だから三成はその問いに迷うことなく答えた。

しかしそれに反して、相手は少し間を持って言った。


『…三成』


自分を呼びかける、先とは違った真剣な声。


『焦るな』


たった一言の言葉。
だがそれが妙に耳に残った。

「焦ってなんかいませんよ。 問題ありません」


実際そう思っていたし、自信もあった。
だから彼の過保護なまでの心配に疑問が湧く。
何故そんなことを言うのか、三成には理解できなかった。

電話口の声はその三成の断言にまた少し考えていたようだったが、ひとつ小さく息を吐くと言った。


『…、…わかった。 じゃがくれぐれも無理せんようにな。 また連絡待っとるぞ!』
「秀吉様こそ、休息はおねね様のお怒りを買わない程度にしてくださいね」
『よ、余計な世話じゃあ!!』


そして通話を切る。
携帯のディスプレイに表示されたその名を見る。
豊臣秀吉。
…秀吉様。


「…今年必ず、あなたに追いつきます」






ひとかけらの空 9





桜はもう満開のころを過ぎて、早くも葉を見せる準備を始めている。
それでも花弁が舞うその様はどことなく浮世離れをしていると思う。

心地よい春の陽気に照らされながら幸村は目を細めながらしばし桜を眺めた。
隣を通っていくおばさんが訝しげにこちらに視線を走らせるのに気づいたのは数分後だ。


(あ、いけないいけない)


幸村は顔をふるふると振って気分を一新させる。

そうだ、今日は入学式なのだ。

真新しいスーツに身を包む自分の姿を確認すると現実が戻ってくる。
暫く準備をしてきたから意識はあったが、それでも慣れ親しんだ友人たちがいないのは不安なことだった。
そのことを思い出して、幸村は若干肩を強張らせながら歩き出した。

寮から大学への裏道を抜けていく。
次第に大通りに近づくにつれて先が騒がしくなってきた。

あれ、と思って先のほうに目を凝らしてみると、そこには白い立て看板。
そして正門から見える長蛇の列。


(うわ…)


幸村は声を上げそうになった。
そこにいたのは予想していた自分同様にスーツを着た一団だけではなかった。

やたら明るい顔をして「入学式」と書かれた看板の前で記念撮影をする夫婦。
親だけではない、祖父母もちらほらと見える。
そして在学生と思われる集団も。

何で新入生じゃない人がいるんだろう?と思いながら何気なく通ろうとすると。


「君新入生!? スポーツに興味ない!? 俺たち柔道サークルなんだ」
「お、キミ山が好きそうな顔してる!! 一緒にのぼろうよ!!」
「待って、キミの名前田中でしょ!? あれ、違う? ごめんごめんとりあえず話聞いてかない?」
「俺他大の学生なんだけど、楽器やってる人にぜひ来てほしいんだよね!! インカレ楽しいよ! どう?」


思いっきり勧誘された。
あわわと思っているうちにどんどん人が集まってくる。

最初のうちは昔友達に誘われて剣道やってましたとか、よくわかりましたね海見たことないんですとか、 すみません田中さんではありません人違いではないですかとか、いちいち(若干ずれた)返事をしていた幸村だったが、 さすがに相手の勢いに押されてあいまいな笑顔で逃げるように講堂前に辿り着いた。

はぁ、とため息をついて一度落ち着く。
なんだかもみくちゃにされて、さらにたくさん勧誘のチラシを貰ってしまった。
とりあえずしまおうと幸村は鞄をごそごそと開いた。
そんな時。


「こんにちは、なのじゃ!」


溌剌とした女の子の声がした。
振り返ったその少女の髪は燃えるような真紅であった。
肩より少し上でさっぱりと切られた髪を編みこんでいる。
くりくりしたと大きな瞳は薄く緑がかっていた。

突然の声掛けに目を瞠った幸村に構うことなく少女はにっこりと笑った。


「わらわはガラシャ! 弦楽科ヴィオラ専攻の一年生じゃ! そなたも新入生か??」
「あ、はい…作曲科の真田幸村といいます」


別に敬語でなくても良いのだが驚いたせいか口をついて出た挨拶は妙に丁寧になってしまった。
自分でも大分おかしいなと思ったが相手は別段気にする様子もなく、「幸村、か…」と繰り返し自分に言い聞かせるように呟いている。
というか、どう聞いても変わった名前だ。
…外国人だろうか。

しかし聞いてみる暇もなくガラシャと名乗った少女は笑顔を深めて手を差し出してきた。


「そうか! ではわらわたちはもうダチじゃな!! よろしくなのじゃ!!」


とてつもなく急展開である。
まあしかしこちらにも断る理由もない。
それにどちらかというと友達が作れるか不安だった幸村には嬉しい申し出だった。
「あ、えと、よろしくお願いします…」とおずおずと手を差し出すとガラシャは子供のように握手した手を上下に大きく振ってみせた。

ガラシャはとてもよく喋った。
しかもそれは自分のことについて延々話すということではなく、とにかく幸村のことについて聞きたがったのだ。
出身地、兄弟構成、専攻科目についてなどなど、彼女の質問はとどまることを知らなかった。
基本的に自分から話すことはしないタイプの幸村だが、そんなガラシャの質問攻めにあって普段より口数が多くなっていた気がする。
この勢いは入学式の入り口で初めて会って講堂内に着席し、もうそろそろ入学式が始まろうという時間になってもずっと続いている。
時間に対して正確なほうである幸村がはらはらしてきたくらいだ。

そして聞いている限りガラシャの家は少し厳しい家らしい。


「一人で住むというのはさみしくないのか?」
「門限はないのか? わらわは10時には家に帰るように父上に言われておるのじゃ!」
「アルバイトをしておるのか! わらわもやってみたいのう!」


何でも今ガラシャは父親と2人で住んでいるそうだが、その父親がアルバイトや飲み会といったものに対して賛成していないようだ。
幸村にしてみれば門限が10時というのは少し早すぎる気がしていたが、自分は兄がいるだけで姉や妹がいないため女の子だとそんなものなのかな、とぼんやりと思った。

しかしそんな父親に反発することなく、ガラシャは父が大好きのようだ。


「今日も父上は入学式を見に来てくださっておるのじゃ! ちちうえ〜!!」


元気いっぱいにガラシャが父兄の席に向かって手を振ると、その中から一人の若い男性が穏やかな微笑を浮かべながら手を振り返してきた。
流れるような黒髪と端正な顔立ち。
しかしその容貌はとても大学生の子供を持つようには見えない。

赤い髪の不思議な名前を持つ少女とその若すぎる父であるという男性。

なにやら面白い人たちに会う日だな、と幸村がそっと思ったとき。


「いい加減やかましいわ! 貴様らもっと静かに出来んのか馬鹿め!!」


講堂の幸村の隣に座っていた一人の男が叫んだ。
その顔には片目を覆いつくす大きな眼帯があった。















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2年越しの更新です…ほんとすみません。
いろんなひと出てきたので早く動かしたいですねv









2010.01.24up