考えろ。 一体何が違うのか。 こいつから感じる違和感はなんなのか。 兼続の部屋と寮と違う点、それは―…。 「幸村! 義という言葉を知っているか!?」 …殴りたい。 心からそう思った。 ひとかけらの空 6 三成が見ていた限り、2人は確か改めて自己紹介をしあっていたはずだ。 それが何故いきなりこんな話になっている? もっとも兼続の思考回路を理解することは不可能だと悟っているが。 「…義?」 よせばいいものを、目の前の後輩は律儀に兼続に問い返す。 その様子を見た兼続は待ってましたとばかりに目を輝かせ、勢い込んで話し出した。 三成自身は聞き飽きるほど聞かされているためうんざりしながら聞き流す。 「そう、義! 心の中の大事なものを(以下略)! 私は偉大なる謙信公に教わりずっと大切にしているのだ! 幸村も覚えておきなさい」 そこから始まる兼続の弾丸トーク。 こうなった兼続をとめることは、疲労するだけで不毛な会話をすることに繋がると経験上知っている。 三成は心底疲れた、といった様子でうなだれた。 一方真面目な幸村は興味津々に兼続の話に聞き入っている。 「私はあのお方に思考だけでなく様々なことを教わったのだ…あの護符を見てくれ!」 指をさされた方に目を向けると、そこには数枚の御札が壁に貼られていた。 何やら几帳面な字で文字が書かれているが幸村には理解できなかった。 「とても綺麗ですね。 何かのお守りですか?」 「うむ、惜しいが違うな」 勿体つけたように兼続が笑いながら否定する。 「実はこの建物、私が来た頃は呪われていてな、私がこの謙信公から頂いたこの御札を使って除霊したのだ!」 「えぇ!? じょ…除霊ですか!?」 まっとうな人間ならではの反応を見て三成は場違いながら少し安心した。 兼続という男、音楽性に関しては三成は大変評価しているが、どうにも常識にかける点が多すぎる。 共に過ごしていると正当なものを忘れてしまいそうだったからだ。 だが、三成は失念していた。 目の前のもう一人の青年も完全なる“天然”属性だったのである。 「す…すごいですね兼続さんっ!!」 …すごいか? 興奮したような幸村の声に三成は音が立ちそうな勢いで振り返った。 どちらかというと不審に感じるが。 しかし残念ながらそんなもっともな意見は彼らに届かなかった。 「いやいや、こちらもそれで感謝されて少し安くここに入れてもらっているしな、尊敬すべきはやはり謙信公だ! きっと私が今後経験するであろうことを予測されていたのだろう!」 「なんと!!」 「すごいだろう!?」 「はいっ!」 「これで義のすばらしさを理解してくれたか!?」 「はいっ!!」 ちょっと待て、今のは誘導尋問だろう。 義を教わった謙信公がすばらしい=義がすばらしい、なんて等式は成り立たないはずである。 兼続め、相変わらず無駄に話術の優れた奴だ。 そして簡単にひっかかるな幸村。 …というかひっかけられたことに気付け幸村。 三成はもう突っ込む気力すらなかった。 反対に兼続は満足したように大きく頷いた。 「よし、これで我等は義でつながれた同志だ! さぁ幸村、何か困ったことはないか!? 義の元にこの直江兼続、お前を助けたいのだ!」 「ありがとうございます兼続さん…!」 感動したように言葉尻を震わせた幸村だったが、逆に困ったように笑った。 「ですが私は今満たされております、お気持ちだけで十分です」 その言葉に兼続は残念そうにそうか…、と呟いた。 そこで三成はそんな2人の一連の会話を聞いて口を挟んだ。 「幸村、お前は服装についていちいち俺に駄目出しをされて困っているのではないのか」 「えぇ!? 三成さん、そんなことは決して…!!」 「服装だと?」 幸村が驚いたように否定しようとしたところで兼続が割り込んできた。 いつもならこの乱入癖を叱り飛ばしてやるところだが今回ばかりはちょうどよい。 三成は兼続に助言してやった。 「こいつは服のセンスがない(断言)。 ゆえに少し手伝ってやるのが義ではないか兼続?」 「ほう、なるほどな! よし、ちょっと待ってくれ!」 内容としてはかなり適当なアドバイスにも関わらず、勢い込んだ兼続はおもむろに箪笥をごそごそと探り出した。 何を、と慌てる幸村に探す手を止めずに声だけ返事をする。 「さっき立った感じでは私より少し背があったな…。 うむ、これなんかどうだ?」 そう言って取り出したのは濃紺のカッターシャツやらパーカーやら様々な種類の洋服だった。 いわゆる“現代風”のなかなかファッショナブルな品々だ。 兼続はなかなか洋服に関してセンスがあった。 「さすがにジーンズはすそが違うだろうから無理だがこれなら大丈夫だろう。 幸村にも似合いそうだ! さあ受け取ってくれ!」 「い、頂けません! 本当にお気持ちだけで十分です!」 そんな満足そうな兼続とは対照的にいよいよ困った顔をするのは幸村だ。 真面目な幸村にとって物を貰ったらお返しをする、というのが心得だった。 しかし今自分は何も兼続に返すものがない。 加えて今日初めて会ったような相手である。 必死に断ろうとする幸村に、逆に兼続が悲しそうな顔をして言う。 「何だ、気に入らないか? だがすまない幸村! この『義』Tシャツと『愛』パーカーはあげられないのだ…!!」 「いいえ、背中のその大きな漢字、大変かっこいいです!! で、ですがそういうことではなく…!!」 「なら問題なかろう! 実はな、買ったは良いものの少し私には大きかったものもあったのだ。 お前が着てくれるならこの服も喜ぶことだろう!」 「そういうことらしい。 兼続の洋服整理に手を貸すと思って素直に受け取っておけ」 かなり突っ込みたい部分もあったが特に何も言わず三成も兼続に賛同した。 もちろんそこにはセンスの無さをどうにかして欲しいという考えもあったが、三成はおくびにも出さない。 三成にまで加勢されて幸村はうぅ、と語尾を窄めた。 「…慣れていないのです、その、このようなことは」 「なら今から慣れていくべきだ」 自信たっぷりの兼続が穏やかに諭す。 「甘えられる後輩のうちはたっぷり甘えておきなさい。 もう私たちは一年の頃に味わったからな、今度は甘やかす番なのさ。 大学とはそういうところだよ」 そこまで言われてやっと幸村は頷き感謝の意を示した。 兼続が満足そうに笑う。 そして唐突に三成に話を振った。 「で? 三成は何をあげるんだ?」 「は?」 突然のことに三成は不覚にもすっとんきょうな声をあげてしまった。 声高らかに兼続は尋ねる。 「は?ではない。 お前が手伝うが義といったのだろう! 服は駄目だな、三成のほうが背が低いし…」 「貴様…!!」 「ははは、冗談だ。 だがお前も義を示すべきだろう!?」 う、と三成は声を詰まらせた。 しかし自分で撒いた種でもあるためうまく言い返せない。 後輩に物を与えることに抵抗は無い。 だが今持っている物であげられる物が見つからないのであって。 と、そのときふとスラックスのポケットのふくらみに気づいた。 そういえば前穿いたとき無造作にアクセサリーを突っ込んだ記憶がある。 別段高価なものでもないし、これでもいいかと三成は手を出した。 「…やる」 三成の所作に、兼続の言葉が効いたのか幸村が素直に両手を差し出す。 ぽとりと手に落とされたのは黒い革のリストバンド。 小さく英語が彫られている程度でそれ以外の装飾は無い。 シンプルなものを好む三成らしいアクセサリーだった。 受け取った幸村は心から嬉しそうに微笑んだ。 「ありがとうございます三成さん! 大事にします! 兼続さんも本当になんとお礼を言ってよいか…!」 「いや、そこまで感謝されるほどのことではないさ。 だがそこまで言ってもらえると嬉しいものだな。 なあ三成!」 「…フン」 照れ隠しなのか何も言わない三成を見て、兼続はまた面白そうに笑った。 そこからとりとめもない話を続けた。 内容は音楽関係のことばかりで、あのコンサートはすごかっただのあの演奏者はすごいだのそんな話ばかりだった。 後で振り返れば今の生活だの大学に関してなど話すべき内容はもっとあったはずである。 だが自分達にとって一番興味があるのは音楽性だった。 そんな時三成は音楽はすごい、と思うのだ。 そして自分もそんな人々の世界に行きたい。 あの人の近くに行きたい、と強く願うのである。 一息ついて兼続が、そうだ三成コンサートのDVDを見るんだったな、と腰を上げた。 そして一言幸村に何気なく尋ねる。 「少し肌寒くなったな。 幸村、暖房をつけても良いか?」 その瞬間、幸村を取り巻いていた穏やかな空気が一瞬にして緊張するのに気づいた。 表情も少し強張り、あ、と立ち上がる。 「あ…はい、それでは私はそろそろ失礼します!」 また早口に言うと玄関に向けて歩き出す。 そしてそこで立ち止まると深々と頭を下げた。 「本当に今日はありがとうございました! とても楽しかったです…これ、大切にします」 急に立ち上がって帰ると言い出したと思えば慇懃に感謝の意を述べる。 礼儀正しいのかなんなのかわからない。 …やはり、おかしい。 再び幸村に対する疑念が浮かび上がってくるのを感じた。 兼続もそんな態度に少々面食らったようだったが、幸村に言う。 「いや、幸村…そんなに急ぐ必要は」 「いえ、そういえばまだ引越し作業の途中でしたし」 「そうだ、寮の方向はわかるか?」 「大丈夫です。 こう見えて地理感覚には自信がありますから。 三成さん、お手伝いもしてくださってありがとうございました」 それでは失礼します、と言うと幸村は帰っていった。 兼続は幸村を見送ると部屋の鍵をかけながら呟いた。 「…また暖房、か」 部屋に戻ってくるとDVDを片手に三成に尋ねる。 「あの子は暖かい部屋が嫌いなのか?」 「そんなことはない。 寮の共用スペースでは普通に暖房が入っていたが別段何も無かったぞ」 「ふむ…となると私の部屋でだけか」 テレビを付け、兼続は少し困ったように笑った。 「先程困ったことがあったら言ってくれと言ったときにでも話してくれるかと思ったのだがな。 まあ話したくないことの一つ二つはあるか」 やはりな、と三成は思った。 先のテンションの高い義についての講釈は(素でもあったのだろうが)幸村への配慮があったのだ。 三成はどんな時でも冷静さを失わない兼続の性格をこういった点から評価していた。 …しかし、あの態度の変わりようは何だ。 テレビ画面を眺めながら三成は漆黒の髪の青年に少し思いを馳せた。 next→ 兼続は愛Tシャツが寝巻きです!!(偏見) 2008.02.24up |