ひとかけらの空 4





直江兼続。
三成と同級生で指揮専攻の音大生。

音楽に関しては指揮専攻らしく、他人を惹きつける話術と音楽性に優れており、学部内でも期待の星と言われている。

が、それを補って余りあるほど変な奴だ、と三成は思っていた。

先の電話の件でもそうだが、毎日のように義だの愛だの言ってくることもその一端である。
何やら昔は寺で修行していたらしく、その頃ケンシンコウとかいう人間に習ったのだとか。

一体何の経歴があって音大に入ってきたのか甚だ疑問だったが、無駄に熱く語られそうで面倒なので、三成はその点に関しては踏み込まないことにしている。

現在は寮暮らしの三成と違って大学の近くに一人暮らしをしており、ねねの説教に疲れたときなどによく転がり込んでいた。


そんな兼続の家に、三成は幸村(ちなみにあまりにダサい格好だったのでマシな服装に着替えさせた)をつれて向かっていた。
最寄り駅を過ぎ、ちょうど寮と反対側に彼の家はある。

寮から出て予想していたより少し冷たい空気に身を震わせ、マフラーに顔をうずめた。
対して幸村は比較的薄着で「今日は気持ちいいですね」なんて言っている。
曰く雪国出身で寒さに強いのだとか。
熱さにも寒さにも弱い三成は不機嫌そうに、早く兼続の家で暖を取ろうと足早に歩いた。


程なくして白い清潔感のあふれるマンションが見えてきた。

勝手知ったる他人の部屋、といった様子で、三成は兼続の家の扉をインターホンもなしに開け放った。

思えばこのとき何故鍵が開いていたのかを考えるべきだったのだ。


扉を開けるとエアコンのせいだけではない、こもった熱気が流れ出してきた。

嫌な予感がする、ととっさにひるんだ三成が目にしたのは、ワンルームマンションの許容量を超えているであろうガタイのいい3人の男達の密集現場であった。

一人はこの部屋の主兼続。 なにやら楽しそうではっきり言って不気味だ。

そしてその後ろに2人、兼続より大分年上に見える長髪の黒髪の男と、随分奇抜な髪形をしたかなりでかい金髪の男。


「・・・何故ここにいる貴様ら」


不機嫌さを隠そうともせずに言い放つ三成に、兼続が爽やかに返答した。


「私が呼んだからだ!」
「お先に失礼してますよ、殿。」
「何やら面白いことがあるらしいじゃないか、大将!」
「左近、前田・・・今すぐ出ていけ」


三成は見た人間が一瞬で凍りつきそうな視線で睨み付けるが、左近と呼ばれた黒髪の男の方は意に介さず飄々と答える。

「いいじゃないですか、ここは殿の家ではないんですから」
「そういう問題ではない!」
「三成、私の家を占領しようというのか! ふっ、この欲張りさんめ☆」
「兼続、お前は面倒だから割り込んでくるな」


兼続が何だかずれたツッコミをして話をややこしくするのもいつものこと。
それに前田と呼ばれた派手な人物が豪快にいいねぇ兼続!なんて笑うのだ。
見慣れすぎるくらい見慣れた会話の応酬に三成はどっと疲れを感じた。

だが、そこに戸惑ったような声が挟まれたことがいつもと違うところだった。


「え、あの…さこん…? との・・・??」


幸村だった。
およそ現代離れした名前に驚いているに違いない。
まぁ当然ともいえるだろう。

三成はこいつらのペースに乗せられてたまるか、と幸村に声を掛けた。


「気にするな。 ただのあだ名だ」


しかし三成の友人達は目新しい新参者に興味津々と言った様子で、話題を変えようとした彼の言葉尻を引き取った。
左近や兼続が、三成の後ろから部屋を覗き込んでいる幸村の方へ視線を向けながら話を続けた。


「そりゃもちろん本名じゃありませんよ。 こちらの三成さんの雰囲気が何となく殿っぽいでしょう? どことなく偉そうな感じが。 で、そうやって俺が遊びで呼んでるうちに…」
「三成が『じゃあお前は右近でも左近でも好きに名乗っておけ』とキレたのだったな!」
「で、それに便乗した兼続が『雛祭りでも左大臣の方が偉いし、ならば左近で決まりだな!』とか叫んだんだったよな! あれは傑作だったねぇ!」
「そんなに笑うな慶次。 三成が相当不機嫌そうだぞ!」


最後に事の顛末を兼続に慶次と呼ばれた男が話せば、3人は当時を思い出したのかげらげらと笑い転げている。
このテンションに幸村は多少圧倒されたようだったが、ちなみに、と疑問を付け足した。


「はあ、そうなんですか・・・。 それでは実際本名はなんておっしゃるんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・?」
「・・・ってちょっとそんな酷いじゃないですか殿!!」


本気で首をかしげた三成に兼続と慶次は手を叩いて笑っている。
左近はまったく・・・と呟きながらも全然怒っていない様子。
幸村はなんだかこの明るい会話を微笑ましく思った。

ま、仕方ないですね、と言いながら左近は玄関に立っている幸村に声を掛けた。


「俺は島っていうモンだ。 今じゃみんな左近って呼んでるんで左近でいい。 一回就職したんだがやっぱり音楽が捨て切れなくてね。 今は大学院に通ってる。 声楽科だ」
「俺は前田慶次! 一応俺も院の声楽科だが途中休学とかしていろいろふらふらしてる。 よろしくな」
「あ、申し遅れました! 私は今年入学します作曲専攻の真田幸村といいます!」


左近慶次幸村の3人が挨拶を交わしている間に兼続は三成を部屋へ招き入れようとする。


「気が利かないな、三成。 そんなところに立っていないで上がってくればいいものを」
「ふざけるな兼続。 ワンルームマンションに男5人入るつもりか。 左近と前田をつまみ出せ。 でないと俺は帰る」
「本当に仕方のない奴だ」


兼続は苦笑しながら、慶次と左近に三成の言葉を伝える。
追い出されるというのに2人は全く不快感を表さずに、むしろ意気揚々と立ち上がった。


「それじゃ仕方ない。 殿にお友達ができた記念として一杯やりにいきますか」
「いいねぇ! たまには昼からってのも悪くない」
「貴様ら・・・飲みに行くのに俺をだしに使うな」


そんな三成の言葉にも慣れたもので、2人はいいじゃないかと笑った。
兼続も「声のためにもほどほどにしておけよ!」と見送る。
幸村は自己紹介してすぐ去るという不思議な展開に「ありがとうございました!」とか何ともずれた挨拶を送った。


「まぁ立ち話もなんだ。 二人とも中に入ってくれ」


2人が行ったのを確認すると、兼続が扉を開きながら三成と幸村に声を掛けた。
そうさせてもらう、と三成はずかずかと上がりこむ。
幸村はお邪魔しますっ、と三成のあとに続いた。

兼続がバタンと音を立てて扉を閉める。



そのとき、突然幸村の体が傾いた。












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義トリオ周り登場。
左近と慶次とか関わりあるんだろうかとか思いつつ(笑)






2007.12.10up