大学の長期休みは長すぎる。
特に夏休みと春休み。
別段苦労していない大学生が何故こんなに長い休みを取っているのか。
更に言えばこの期間キャンパスを閉じるなど不快で仕方ない。

多少日本人離れした赤銅色の髪を無造作に机の上にばら撒きながら、石田三成は嘆息した。
十人が十人振り向くであろうその端正な顔には、苛立ちにも似た表情が浮かんでいる。


(・・・全く)


本当に日本の大学は使えない。





ひとかけらの空 1





石田三成は某音楽大学の3年だ。
専攻はヴァイオリン。
音楽の世界では誰もが羨む名門校の中で、特に超難関といわれ弦楽器の最たるものであるこの専攻に、 ストレートで入ったという事実だけで彼の実力の程は窺い知れるだろう。
しかし通っている人間がこのような言い草ではこの大学を受験し惜しくも不合格であった人々も気の毒である。
さらに当の本人は悪びれもせずこう考えていた。
大学など、単なる通過点に過ぎないと。

部屋のCDコンポが大音量で音楽を鳴らしている。
これは不機嫌な時の彼のストレス解消法でもあった。
ちなみに今聞いているのはベートーヴェン。
不条理なことで不快に思ったときはこれに限る。
彼の曲は不自然なほどに整合的で、音価のはっきりしたドイツ式の体現のような曲だから。
隣人に迷惑だと言われそうな音量ではあったが三成は気にする気配もない。
それどころか終わりを迎えそうな曲に気づき、新たなCDを手に取ろうとしたその時。


「三成っ! ごはんできたよ!」
「・・・おねね様」


また面倒な人が来た、と三成は内心舌打ちをした。

ねねは現在三成が借りている寮の寮長の妻である。
元来の面倒見のいい性格から寮内の誰からも信頼され、母と慕われる女性だ。
三成もそのまめまめしい働きぶりとおいしい食事には感謝しているのだが、頼むから私生活に関与してこないで欲しいと思う。
今日もプライバシーを見事に侵害し、寮長の特権で鍵を開けて部屋にずかずか上がりこんできた。


「もうっ、またこんな大きな音で音楽聴いて! お隣さんが困ってるっていつも言ってるじゃない!」


そう言って彼女が人の部屋の物を勝手に触るのもいつものこと。


「・・・ほっといて下さい」
「学校の練習部屋、空いてなかったんでしょ。 朝出て行ったと思ったらすぐ帰ってきてウチの練習部屋使ってたもんね」
「・・・」


返答がないのが肯定の印だと知っているねねは三成の顔を覗き込む。
胸中を当てられたのが恥ずかしかったのか、三成はぷいとそっぽを向いた。


「・・・何で完全閉鎖日があるのか、理解に苦しみます」


そう、大きな音を出せない三成のような寮学生にとってこのことは死活問題なのだ。
防音設備のある場所は大学の練習部屋くらい。
カラオケボックスで練習するという奥の手もあったりするが、お金がかかるというのが本音で、アルバイトで生活費を稼いでいる身にとってはたまったものではない。


「もう・・・だからウチの練習部屋使わせてあげてるじゃない。 文句言わないの!」


ねねは腰に手をやって口を尖らせた。

この寮は音楽大学に近いこともあって、防音設備付きの部屋が何個かあったりする。
もちろんそれをありがたいと思っているのは事実なのだが、予定が狂ったのは確か。
少しくらい落ち込むヒマを与えてくれてもいいだろうに。

こうなるとお説教モードだな、と覚悟を決めていた三成だったが、しばらく待ってもねねからは何の言葉もない。
そのわりにいつまでも後ろからいなくなる気配を見せない彼女を不審に思い、三成はそっと振り返った。
だが、これがよくなかった。

にこにこしている。
いつも以上ににこにこしている。

これは、まずい。
しばらく無言の問答をしようかと思った三成だったが、ため息をついて早々に白旗をふった。
この状況のねねに勝てるとも思えない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・何かあったんですか」


その反応にねねは「よくわかったねぇ!」と満足そうに笑う。

よく言う、と三成はちょっとねねを恨んだ。
もし何も言わなければ「何かあたしに聞きたいことな〜い?」と自分から言ってくるくせに。


「今って入学オリエンテーションや入学式の時期でしょ! で、早速明日から新しい子が引っ越してくるの! 三成の後輩だよ!」
「・・・この時期なら別段珍しいことではないですが」
「うん、そうなんだけどね。 今日ちょうど打ち合わせに来ててね、ご飯食べてくことになったのよ!」
「・・・は?」
「ウチの寮の規則その1! ”ごはんはみんなで”! ってことで三成も一緒に食べるんだからね! その子待たせてるんだから急いで!」
「・・・」


何が悲しくてこんなに不機嫌になっているときに他のやつと顔を合わせなければいけないのか。
しかもまだ知っている人間なら扱い方も心得ているというのに。

面倒な・・・と思いつつも、これ以上ねねの機嫌を損ねない方がいいと判断した三成は、せめてもの抵抗としてひときわ大きな溜息をつきねねの後ろに続いた。
階段を下っていくといつもの食卓が見えてくる。

そして、いつもと違う新しい人間も。

足音に気づいたのだろう、ガタガタっと椅子を動かして立ち上がる。


「あっ・・・! はじめましてっ!」


自分とは違う純日本人ともいえるような漆黒の髪。
少し癪だが三成より体格がよく、身長もあるようだった。
精悍な顔立ちの中にある黒に近いこげ茶色の瞳がまだあどけなさを残している。

いや、それより。
ひとつだけ強く印象に残った所がある。

・・・彼は。





破滅的なほどに服のセンスがなかった。












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やってしまった音大パロ。
おかしいな・・・シリアスに進めてくはずだったのに・・・!!(笑)
次はギャグメインになると思います。
っていうかこれから先も多分こんなノリ。






2007.9.16up