「・・・大分冷えてきたな」


兼続は開け放っていた襖を細めた。

数日前から雪が降り続けている。
庭園は既にすっかり雪白のそれに覆われて、視界を白銀の世界に染めていた。
兼続の発した声は静かに雪に吸収され、辺りはまた静寂に包まれる。
篝火の及ばない雪景色の背景には、黒塗りの闇が控えていた。

もう年の瀬も迫っている時節。
石田屋敷にて、兼続、三成、幸村の三人は他に誰も交えることもなく酒を酌み交わしていた。
兼続も幸村も新年を迎える前に自国に戻らねばならない。
今年はこのように顔を合わせるのも、もう最後となるだろう。

襖から手を離しもう一度先程まで座っていた場所に腰を落ち着けると、二人の友の表情を伺う。


三成は胡坐をかき、腕を組みながら目を閉じて何か思案に耽っている。
元来酒には弱い三成だが、今日は寒さのためか少しだけ口にしたせいで頬は薄く染まっている。
しかしその聡明な頭ははっきりと働いているようであった。

幸村は一人だけ正座で座り杯を持ちながら、兼続が細めた襖の間から外を眺めている。
生まれた土地柄上決して珍しいものではないはずのそれを、ただ何も言わずに見つめ続けていた。
引き締まった口元と髪と同じ漆黒の瞳からは表情は伺えない。


ああ、きっと。
彼らも同じことを考えているのだ。


兼続の言った冷えてきた、というのは単に気候のことだけではない。

太閤秀吉の死、それは彼の目指した泰平の世を簡単に覆そうとしている。
豊臣方の三成と勢力を伸ばしてきた徳川の対立は不穏な気配を立ち上らせていた。


「・・・私は」


ふと声を出した兼続の声に、二人が耳を傾ける様子が感じられた。


「これから先、お前達と過ごした今宵のことを忘れないよ」


その言葉に幸村が視線を兼続に戻した。
音もなく杯を置き、もとより崩していなかった背筋をよりぴんと伸ばし、兼続の目をまっすぐ見つめる。


「・・・はい」


やや口元に浮かべた微笑はどこか儚げに映った。


「私も、決して忘れません」


兼続はそのまっすぐな視線を受け止めると、微笑み返し首肯した。

すると、今まで何も言わなかった三成がふ、と微かに笑った。
顔を上げ、閉じていたその鳶色の瞳を開く。
意志の強い切れ長の瞳は二人に向けられる。


「本当に・・・言葉が好きな奴らだ」


その言葉に兼続と幸村は苦笑した。

分かり難いがこれこそ三成の同意の証なのだろう。


これから先のことなんてわからない。
それはいつ時勢が変わるか知れないこの世に生まれた性だ。

小田原で交わした義の誓いも、この先ままごとであったが如くなくなるかもしれない。
個人という感情では好意を持っていたとしても、立場が同盟を許さなくなることもありうる。

来年も、なんて軽い言葉は言わない。
言えば自分の取るべき判断に迷いが生まれかねないから。



だが、少なくとも今はこの場を共にしている。



だから。







飲もう、今日という日のために












end.


















今年もありがとう。






2007.12.31up