「…幸村、どういうつもりだ」 石田三成は盛大に顔をしかめた。 好きと伝えちゃだめかしら 周囲がやきもきを通り越していらいらする程の紆余曲折を経て、三成と幸村がやっとのことで結ばれたのが数日前のこと。 二人はつい先ほどまで、それはそれは甘い時間を過ごしていたはずだった。 目を合わせる度にお互い頬を染めて視線を逸らし、それでもこっそりと相手の表情を盗み見ると向こうも同じように様子を窺っていて。 再度かち合った視線をお互い慌てて逸らす、そんなことを繰り返し続けてはや四半刻。 ついに意を決した三成が、きっちりと正座された膝の上で固く結ばれていた幸村の手をとった。 ひくり、と緊張で身を固める幸村をなだめるように頬に手を添え、三成は二人のときにしか見せない柔和な瞳で微笑む。 それに安心したのか幸村が少し力を抜き、三成の肩に顔を埋める。 そんな可愛い反応に三成は笑みを抑えられず、今顔を見られていなくてよかったと内心一人安堵する。 自分より大きな男の背を引き寄せ抱き込んでいるわけであるから、客観的に見れば滑稽な姿ではあるが、本人たちは至って真剣だ。 ふと、頭を撫でていた手を止め、三成が幸村の肩を抱き、少し距離を離す。 正面から向かい合い、曇りのないその瞳を真正面に見据えると、顔を近づけていく。 幸村の体が再度強張るが抵抗はない。 その反応に満足しつつ、三成は幸村の額に唇を寄せた。 「…幸村」 甘い声で囁いてやると、幸村が嬉しそうに笑う。 言いようのない充実感に満たされながら、三成はさらに瞼、頬と口付けていく。 「くすぐったいです」と微笑む幸村の反応が愛しくて、もう一度額に唇を落とした。 ちゅ、と音を立てて離れると、三成は一度視線を外した。 もう、そろそろ頃合いか。 三成は一人こっそり気合を入れる。 やはり唇同士の接吻となると照れが出るもの。 さあいくぞ石田三成、と自身に言い聞かせ、幸村を真っ直ぐ見つめる。 その思いは相手にも伝わったのか、幸村の表情にも緊張が走る。 そして視線を逸らさないまま、ゆっくりと顔を近づけていった。 …が、果たして唇は幸村に届かなかった。 「…幸村、どういうつもりだ」 そこで冒頭の会話である。 具体的にどうなったかというと、三成が顔を近づけた分、急に幸村が背を反らして距離を取り出したのだ。 そしてあろうことか、幸村が両手の甲で口元を抑え、顔を背けてしまったのだった。 まさしく完全ガードである。 まさか、何故、どうして。 今まで計算通りに来ていた分だけ、三成の動揺は大きい。 ここまできて実はそういうつもりではなかった、とかそういうことではあるまいな…!? その聡明な頭を振る回転させ、三成は状況を把握しようとする。 だが『そういう好きだと思わなかったんです』的な誤解は、相手が幸村の時点で三成が最も危惧していたことである。 誰からも愛されて育ってきた多少天然が入っている友と恋仲になるには、後々誤解の残らないよう全てを説明し理解を求めておくことが最重要であるという結論に至っていたのは、理論的な三成らしい考えであった。 だから三成は告白した際、壮絶な羞恥心に耐えつつその旨を伝えたのだ。 「信之からの兄弟愛や兼続の説く慈愛や友愛とも違う、恋仲としてお前を抱きたいとも思っている」とまではっきりと言ったのだ。 その時幸村は「男同士の契りの結び方について、私は心得がございません故…不束者ですがよろしくお願いいたします」と答えていたため、そのあたりのことはしっかりと理解しているはずである。 ついさっきまで喜んで受け入れていたではないか。 恋愛感情での相思相愛であることは間違いない、では何故。 こうなると納得するまで理由を問いたださずにはいられない三成である。 「こちらを向け、幸村」 三成の意志の強い瞳が幸村に向けられる。 その端麗な顔と相俟って随分と迫力を持っていたのは、本人にはわからないことだった。 強烈な視線を感じたのか、幸村がおずおずと視線を上げる。 だがその口元は未だ右手で隠されているままだった。 痛いほどの沈黙の後、幸村が蚊の鳴くような小さな声で言った。 「…私たちにはまだ早うございます」 早い?という疑問を残しつつ、しどろもどろになりながらも説明しようとする幸村の言葉に耳を傾ける。 上気した頬と表情はただひたすらに照れていると見え、嫌われたわけではなさそうだと三成は胸を撫で下ろす。 幸村はしばらく視線を彷徨わせていたが、ついに観念したようにぽつりと呟いた。 「…兄上、が」 「………信之が?」 頬を赤らめて困ったような表情を浮かべるその様は、三成にとって大変可愛らしいものであったのだが。 それよりも、やはりその名前が出てきたか、というのが三成の正直な感想だった。 この兄弟は大層仲が良い、というのは二人に関わった人間が誰しも口を揃えて言うことである。 三成はこの兄の方とも仲が良い。 穏やかで視野が広く、意見の衝突があっても相手方の話にしっかり耳を傾け、その上で自らの考えも伝えられる智将。 相手を徹底的にやりこめてしまう三成とは対照的な人柄ながら、どことなく二人は気が合った。 上方の近況や豊臣に来ている幸村の様子を伝える手紙の合間に、三成にとっては珍しく『いい加減弟離れしろ』等と軽口を叩けるくらいには、心を許している友である。 人質としての生活が長くなり別々に暮らすこととなった今でも、幸村が絶大な信頼を置き、幸村の人生の多くの時間を共に過ごし、現在の幸村を形作るにはなくてはならない人でもある。 だから三成は、恋人との二人の時間の中でこの名前が出てきても気に留めないようにしよう、と考えていた。 そんなことで腹を立てていては狭量な奴だと思われてしまいかねない、という男としての矜持もある。 だが一方で、そんな信之の名前が幸村の口から出てくるとき、三成は身構えることが多い。 信頼に足る冷静沈着な真田家嫡男の裏の顔を知っているからだ。 遠い未来の言葉で言うなら、一にも二にもブラコン、以上。 その猫かわいがり故に、幸村の守備を固めているきらいがある。 数日前幸村と両想いになった(in大坂)のを伝えた覚えもないのに、翌日忍の書状で『あの子が選んだのなら仕方ない』云々と来たときには、背筋にひやりと冷たいものが走ったのは記憶に新しい。 恐るべし真田の情報網、と思ったのは一瞬のことで、すぐに『こんなことに忍を使うとは大丈夫かこの兄は』という考えに置き換わった。 さて今回は、天然気味な弟を聡明に諭す智将か、単なる弟馬鹿の兄か、果たして。 三成が固唾を飲んで見守る中、幸村は赤くなりながら言葉を紡いだ。 「その…、く、唇同士の接吻は、特別なことだと。ですからまだ、心の準備が…」 「………」 少し性急に過ぎたか。 三成は己を反省し、そうか、と頬を赤く染めた幸村の頭を撫でてやりながら、ゆっくりとその言葉を反芻する。 ………………ん?唇同士の?? 嫌な予感がする。 壮絶な違和感に耐えながら、三成が務めて冷静に幸村に問いかけた。 「…幸村、少し確認させてくれ。まさかとは思うが…瞼や頬への接吻は、信之としたことがある、と?」 「え?」 きょとんとした幸村を見て、三成は頭を抱えたくなった。 その表情が物語っている通りのことを、かわいい恋人は当然の如くのたまう。 「朝の鍛練の前と、就寝の挨拶の際に…。いけませんでしたか?」 一日二回、毎日かい。 三成は内心ツッコミをせずにはいられなかった。 つまり幸村は、頬・瞼などについては兄との接吻で慣れていたから安心して受け入れていたのだが、唇については未知の体験で、まだ心の準備が出来ず思わず避けてしまった、ということか。 …大丈夫か、この兄弟。特に兄。 ずっと感じてはいたが、弟馬鹿すぎるだろう…本当に何をしている真田信之。 三成にも兄がいるが、幼い頃でさえ接吻した覚えなどない。 それがこの幸村の話しぶりからすると、今でもその慣習が続いている雰囲気である。 いやどう考えてもおかしいだろう、という三成の極めて常識的な考えは、もう一人の友人を思い浮かべて揺らぎ始めた。 そういえば以前兄弟の話になった際、兼続が『弟も妹も可愛くてな、折につけ接吻していたよ』と爽やかに笑っていた気がする。 自分の中の兄弟像ががらがらと音を立てて崩れていくのを感じながら、三成は務めて冷静に返すことにした。 何やら腑に落ちない点は残っているが、その唇はまだ誰にも許していないのだということはわかったのだ。 我ながらどうもこの兄弟には甘いな、と三成は自嘲した。 「…親愛の接吻も確かにある。だが前にも言ったが、俺たちの関係は恋仲のそれだ。理解はしているな」 「そ、それは心得ております」 またも緊張に身を固め始める幸村に、三成は微笑んだ。 宥めるように再度抱き込み、髪に口付けながら背中を撫でてやる。 「焦らずともよい。恋人の心の準備を待つ理性くらいは持ち合わせている」 次第に力が抜けていく幸村の体に満足する。 しばしこのまま触れ合っているのも悪くないな、と三成が目を閉じた時。 「この身も心も捧げる覚悟があるのは、三成殿ただお一人。これは幸村の本心、間違いございません」 その瞬間、三成は幸村の顔を引き寄せた。 「その言葉、心が固まったと捉えるぞ」 「え?…あっ…!!ちょ、ちょっと待ってくださ…!!」 「もう待てぬ」 途端に首まで赤くした幸村の唇を一気に奪う。 先程の自らの言葉を華麗に覆した自覚はあるが、こんなに可愛いことを言う幸村が悪い。 呼吸まで奪うほど深くした口づけは、想像していたよりもずっと甘い。 何度も角度を変えて堪能した後解放してやると、幸村がとろんとした瞳でこちらを見つめていた。 体の奥がじわりと熱くなってくるのを感じ、衝動のままに愛しいその体を押し倒した。 幸村の首筋に吸い付き、着物の合わせを割り開きながら、信之の顔がちらと頭をよぎる。 ただでさえ最近皮肉を言われているというのに、溺愛している弟についに手を出したなどと知れたら、あの爽やかな笑顔からどんな毒が吐かれることか。 だがそんな些末事より、今はこの待ち焦がれた時間を堪能したかった。 どうやら自分は、先の幸村からの真摯な言葉に、柄にもなく舞い上がっているらしい。 ここから先は恋人の特権だ、悪いな信之。 遠き地にいる友人兼恋人の兄に向けて、人の悪い笑みを浮かべながら、三成は幸村の耳元で囁いた。 「仕事はもう片付いた。夜は長いぞ、幸村」 再び深めた恋人との口づけに酔いしれ、次第に思考が霞がかっていく。 それでも三成は頭の片隅で、『左近に双刃刀のさばき方を本気で教わろう』と考えていた。 翌日、登城の予定がなかった真田家嫡男と、文官で有名な治部少輔が、珍しく真剣で手合わせをしている、と噂になったのはまた別の話。 end. 兄上は毒を吐くだけでは済まなかったようです笑 戦国4の三幸最大のテーマは「幸村の兄上からの自立」だと思う。 兄上はいつまでも弟離れ出来ないと思うけどね! あとニコ生の公式三成が、恋愛も計画的にするっぽかったので、ちょっと取り入れてみました。 たまには付き合って数日で手を出す強気三成も男らしくていいんじゃない?笑 2014.05.11up |