ボクたちオトコノコ








今は3月、学生にとっては気ままこの上ない春休み。
4月から大学3年生になる石田三成と直江兼続は、今年同じ大学を受験し合格した後輩・真田幸村の合格祝いをしているところだった。
普段から勤勉な幸村なら大丈夫だろうと予想はしていたのだが、本人にとってはやはり緊張が続いていたらしく、しばらくあまり連絡を取っていなかった。
そんな彼から第一志望の合格通知を笑顔で見せられた時には、こちらもほっと一息ついたものだ。
「合格祝い」とは言っても、ただ兼続のマンションに泊まってお菓子を食べたりテレビを見たりゲームをしたりと、あまり特別なことをしているわけではない。
兼続と三成も就活の合間の息抜きもしたかったから、という理由も多分に含まれている。
それでも彼らは学年の隔たりを越えて、昔から仲が良かった。

さて、そんな3人が今見ているのは、先日DVDになったばかりの話題のアクション映画。
幸村の受験で見る時期を逃していたこともあって、せっかくだから見ておくか、という話になったのだ。
内容としては悪くない映画だった。
某犯罪組織を探っていた主人公が、組織を抜け出してきたヒロインと反発しあいながらも恋に落ちる。
だがヒロインは組織に連れ戻されてしまい、主人公は彼女の奪還と組織の壊滅を誓い…という、アクション映画の王道みたいなストーリーはご愛嬌。
この手の映画に内容を求めるのは野暮というものだろう。
爽快なアクションやCGを駆使した派手な演出は予想以上、なかなかよくできている。
隣でいちいち解説してこようとする兼続をクッションで押しつぶしながら黙らせつつも、基本辛口評価の三成にしてはそれなりに楽しめていると言えた。

…違和感に気付いたのは、ジュースに手を伸ばしかけた時だ。
幸村の様子が何だかおかしい、気がする。
そういえば兼続と三成が騒いでいるとき、いつもなら宥める幸村の声が入るのだが、今日はそれがなかった。
ひょっとして気分でも悪いのだろうかと、三成は幸村の様子を窺う。
幸村は体操座りの姿勢で、膝を抱えるようにして画面を見つめていた。
両腕で口元が隠され見えないが、目は画面に向いているしいつも通り…、と思ったが。
何やら時折幸村の視線が泳ぐのに気づいてしまった。

はて、どうしたことか。
しばしして、隣の兼続も幸村の変化に気づいたようだ。
映画になにか問題でもあっただろうか、と三成は考える。
いま映画は、両想いとなった二人を引き裂くようにヒロインが悪の組織に連れ戻されようというところ。
物語としては佳境に入ってきているが、幸村の様子がおかしくなったのはもう少し前だ。

…ん?両想いとなった二人?

その瞬間、三成はぴんと来た。
兼続も気付いたようで、にやりと笑いながら三成に目配せをしてくる。
そして相変わらず視線を彷徨わせる幸村に向かって、兼続はおもむろに口を開いた。


「ふふ、この映画のラブシーンは幸村には少し刺激が強かったかな?」
「なっ…!!」


瞬間、弾かれたように幸村が振り返る。
それは兼続に確信を持たせるような反応であった。


「ふむ。このヒロインは任務に誠実でしっかりしている一方甘え下手。くのいちや稲殿に似ていて意識してしまったのだろう?」
「かかか兼続殿っ!なっ…何をおっしゃるのか…!!」
「大分わかりやすい反応だな」
「隠すことはない、健全な男子の反応ではないか!確かに他の映画に比べると、愛の営みの描写が露骨だったな!」


からからと笑いながら臆面もなく言ってのける兼続。
自他共に認める愛の幅の広い兼続にとっては大したことではないようだったが、中高と部活に打ち込んでいたため下世話な話に耐性のない幸村は、もはや言葉も出ないようだ。
そんな幸村を気にすることなく、兼続が続けて三成に言う。


「そういう性格で考えると、甲斐殿も少し似ているところがあるな!」
「確かに、ああいう勝気な女に時折弱みを見せられたりすると…悪くない」
「それには同意だ!性格で言ったら“ギャップ萌え”そういうことだろう、幸村?」
「…えぇと…まあ……、はい…」


次々と出てくる身近な人々の名前に罪悪感が湧くのか、幸村は複雑な表情で渋々同意する。


「それにしてもくのいちはともかく、兄の彼女に恋慕を向けるとは、なかなか不義な香りがするな、幸村!」
「そういうわけでは…!」


兼続のちょっとしたからかいに本気で焦り始める幸村。
すると三成がその端正な顔で、表情を変えることなく頷いた。


「あまり幸村をいじめてやるな、兼続。それに恋愛や妄想は個人の自由であり男のロマンだろう」


昔からイケメンと騒がれ、自分にも他人にも厳しく妥協を許さない分、何か仕事を任せると必ず要望以上の結果を残す堅物で通ってきた三成だ。
世の女性が見たらショックを受けるであろう残念な発言であった。
これもある意味「ギャップ萌え」の部類に入るのだろうか。
あまり良いギャップではないかもしれないが。
三成の諭しが効いたのか否か、兼続が「冗談だ」と話題を変えつつ興味津々に幸村をさらにつついた。


「ちなみに幸村、女性に色気を感じるのはどんな時だ?」


幸村はもはや茹でダコのように顔を真っ赤にしていたが、彼の生来の真面目な性格からか、どもりながらも質問には律儀に答える。


「わ、私は…。その、髪を結った女性の首元は、目のやり場に困るというか…」
「なるほど、幸村はうなじフェチか!これは良い情報だ」


だからくのいちと稲なのかと納得する一方、後でくのいちにこっそり教えてあげよう、と兼続は含み笑いを漏らす。
幸村に好意を寄せているくのいちは、以前は短髪であったが最近髪を伸ばし雰囲気を変えている。
その方向性は間違っていないぞ!と意気揚々と告げてやるつもりだった。
このお節介、兼続の場合は純粋な厚意でやるのだから微妙にたちが悪かったりするのだが。


「となると、幸村くらいの背丈ならば直虎殿も魅力的に見えるのではないか?長身の女性のうなじというのはなかなか見られない分、大変魅力的な領域だ」
「そうです、ね…。一瞬見えると…その…」
「…兼続、それは俺へのあてつけか」


憮然とした表情で兼続をじろりと睨む三成に、まさかと兼続が笑う。
もちろんからかったつもりはないのだが、確かに三成の身長では六尺ある直虎だと少し厳しいかもしれない、と兼続はこっそり思った。
未だに不機嫌な三成を宥めようと、兼続は話題を三成に振る。


「三成の周りには様々なタイプの女性がたくさんいるな。お濃様にお市様におねね様、同世代だとァ千代もいる。三成には気になるタイプはいたりしないのか?」
「…俺は特に…。だが、先の“ギャップ萌え”はよくわかる」
「ほう?例えば?」


兼続が先を促すと、三成は一つ頷き話し始めた。


「お濃様は一見挑発的な態度だが、優しく微笑む瞬間を見ると守って差し上げたくなる。逆にお市様は普段素直なのに時折口を尖らせる姿が愛らしいな。ァ千代は…」
「猫とかわいいものに弱い、だろう?それは私でも知っているぞ!」


溢れ出る色気を隠さずむしろ上手く自らの印象に取り入れている濃姫、清楚な雰囲気を持ちかわいらしい服装で魅力的なお市、格好良いと女子からも人気の高い服装ながらも時折優しさを見せるァ千代。
三者三様ながらも皆違う良さを持っている、と二人は納得する。


「そしておねね様は…俺はあの馬鹿程夢中になってはいないが、それでもあの胸に抱きしめてくるのはちょっと…」
「あの豊満な胸だからな!おねね様ご自身はあまり深い意味を持っていないのだろうが、男としてはかなりまずいな、よくわかるぞ三成!幸村も経験があるだろう!?」
「えっ!あ、はい…」


“みんなのお母さん”であるねねにも、時折女性的な魅力を感じることがあるのは確かだ。
一通り語った三成は、今度は兼続に尋ねる。


「兼続は…やはり、」
「私はもちろん御前を敬愛しているぞ!御前の愛は本物だ。しかしあの薫陶は癖になる故、最近は自重しているぞ!」
「…想像通りドMか」


三成がまた、世の女性を泣かせるような残念な直接的表現で兼続にツッコミを入れる。
兼続の綾御前への従順さについては若干危ないものを感じなくはないのだが、三成は今回は触れないことにした。
そんな三成の逡巡に気付くこともなく、兼続は話を進める。


「ガラシャは人形のように整った造作をしているが…何となく我々が語ると犯罪の香りもする気がするし、今回はやめておこうな!」
「あぁ、俺も光秀殿に命を狙われたくはない」


三成は光秀とは知り合いだが、普段温厚な光秀は娘の話題になると急に不穏な空気を纏うことがある。
不用意な発言で他人を怒らせてしまうことがある三成でも気を付けようと思わせるような変貌ぶりだった。
というわけで二人は話題を別の人物に変えることにした。


「あとは阿国殿も素敵だな!慶次とよく会いに行くが、あの不思議な雰囲気がたまらない。それに何より…」
「…巫女装束というのは正直かなりくるものがある…ということだろう?同意だ」


兼続と三成はあの独特な巫女装束を思い浮かべる。
神聖な印象もさることながら、あの衣装は実はかなりセクシーに出来ている。
正面からはあまりわからないが、横から見ると脇や胸元があられもなく見えることを、二人は経験で知っている。


「もっとも、阿国殿の場合はその姿に見惚れていると強制的に勧進をさせられるがな!」
「あぁ…だろうな、想像に難くない」


勧進箱をもって優雅に微笑む巫女を思い浮かべ、三成は溜息をつく。
と、一通り思い浮かぶ女性を挙げ終わって満足したのか、兼続が爽やかに笑った。


「うむ、我らの周りには大変魅力的な女性がたくさんいることがわかったな!」
「ああ、それぞれ魅力的だ。このように語り合うのも悪くなかった。なぁ幸村?」
「そうですね、お二人に素敵な出会いがありますよう…。…では、今日は私はこれで…」
「ふふ、幸村。まさか帰るわけじゃないだろう?」


玄関への扉に手を伸ばした幸村より早く、兼続がドアノブをがしりと掴む。
部屋のカギをがちゃりと掛けた音が、幸村の目の前を真っ暗にさせる。
腰を浮かしかけた幸村には三成が正面からのしかかり、不敵な笑みを浮かべて動きを封じる。


「途中からお前の相槌が減っているとは思っていたが…、熱は収まったのか?」


先程の会話の最中、退路を求めて少しずつ後ずさっていたのは二人にはバレていたようだ。
はは、と冷や汗をかきながら珍しく愛想笑いを浮かべる幸村に、兼続が真摯に説いた。


「私たちは心配なのだ、幸村。お前が真に愛する女性と一つになるときに不手際があってはいかん、そのための練習をしないといけないだろう?」


彼の瞳には茶化しの類が一切ない。
真剣に友を案じているのが見て取れて、一層幸村を混乱に陥れた。


「あのっ!お二人のお心遣いは嬉しいのですが、本当に大丈夫ですので…!!」
「いや、お前を一人前の男にするのが俺たちの責務だからな。遠慮は無用だ」
「そういうことではなくっ…!!」


ズボンのベルトに手を掛け始めた三成の手を必死で止めながら、更に幸村は逃げを打つが、その背後に兼続が現れ道を阻む。
本当にやめましょうこんな事っ…!とまだ抵抗を続ける幸村の口元に、三成が細く長いしなやかな人差し指をそっと押し当て、綺麗に微笑んだ。
ひるんだ幸村の両手首を兼続が優しく取る。


「大丈夫だ、俺たちに任せていろ」
「ちゃんと熱を鎮めてやるから」


男にしては整った顔の二人に妖艶に微笑まれ、耳元で魅惑的な声で囁かれて、一瞬動きを止めたが最後。
幸村の間抜けな悲鳴が室内に響き渡ったのだった。






+++





「結局映画、最後まで見なかったな」


三成が濡れタオルで顔を拭きながら思い出したように呟く。
DVDはとうに再生を終わり、音量が最小まで絞られたテレビが大して興味のないドキュメント番組を写している。


「せっかくだし後でもう一度再生しようか」


兼続が冷蔵庫からペットボトルを3本取り出す。
1本を三成に渡し、1本に口をつけながら、最後の1本は未だ横たわったままの幸村の横に置いてやった。
三成がその辺に落ちていたうちわで扇いでやると、ようやく幸村がゆっくりと目を開けた。
熱は少し収まっただろう?と尋ねてくる三成に、幸村はうぅ…と再び顔を赤くする。


「シャワー、お借りしますね…」


幸村はのろのろと体を起こし、なんとも覚束ない足取りで浴室に向かう。
その背中に、兼続が笑いながら臆面もなく、そのよく通る声で明朗に言った。


「幸村、次は一緒にAVでも見ようか」
「本当にもう結構です!!!!」















end.

















年頃の男の子なんてみんなこんなもんかなと。
なんていうかいろいろすみません笑









2013.09.01up