「殿・・・今日という今日は逃がしません」 「ふ、左近・・・お前も暇な奴だな。 こんなところで時間を潰している暇はあるのか?」 「格好つけても駄目です! 今日は絶対にやってもらいますよ! 大掃除!!」 左近に捕まった。 さて、どうするか。 大掃除大騒動☆ 「本当にものぐさなんだから殿は!! こんな風になるまで放っておくなんて全く・・・」 左近は溜息をつきながら主、石田三成の部屋を指し示した。 もう年の瀬になろうとしている頃。 石田屋敷は喧騒に包まれていた。 基本的に屋敷は簡素である。 この屋敷の主は優美な装飾と豪華絢爛な城を好む上司とは違い、質素な装飾や庭園を好んだ。 また贅沢を好まないその性格から物が少ないのである。 だが、その質素さとは裏腹に。 三成の部屋は書物によって占領され、混沌を極めていたのである。 その日に日に書類の山が堆積していく様を左近は愕然としながら見つめ、ちょこちょこ持ち出して片づけをしていたのだが、さすがにもはや足の踏み場もなくなってきた。 そこで上記の台詞というわけである。 別に今まで大掃除という習慣があったわけでもないが、左近は季節に乗じて三成にどうにかさせようとしていた。 「殿、今まで左近は何も言いませんでしたけど今日は言わせて貰います。 掃除してください」 「・・・・・・・・・・・・・・・左近、頼りにしている」 「綺麗にまとめて終わらせようとしても無駄です! ほら立って殿! まずは机周辺の掃除ですよ!!」 「年末は忙しいのだ!! お前も知っているだろう左近!」 「知ってますけどそれとこれとは関係ありません! こんな機会がなければこれから先絶対掃除しないでしょ!」 「当然だ」 「自信満々すぎです!」 一方三成はというと、いつもなら多少わがままを言っても許している左近が全く引き下がらないのを見て内心舌打ちした。 実際別にそこまで徹底的に拒否する必要もない。 だが正直面倒くさい。 「・・・寒いし」 「心の声ばっちり言葉に出してますよ。 この季節どこも寒いです、観念してください!」 「・・・・・・・・・嫌だ」 「殿の幸村宛ての没恋文全部幸村に送りつけますよ」 「なっ・・・!! 左近貴様見たな!!」 無言で抵抗を続ける三成に左近はさらりと言ってのけてやった。 その瞬間顔を真っ赤にして三成が殴りかかってきたが、ひょいと軽くかわすと左近は三成を引っ張り上げ立たせようとする。 それでも納得のいかない表情をした三成は左近の手を払いのけようとしていた。 するとそのとき、廊下を歩く足音と共に、一人の来訪者が部屋に入ってきた。 「何だこんな時に・・・、・・・ゆゆ幸村!?」 鬱陶しそうに呟いた三成の言葉が途中で途切れる。 そこには確かに名前を呼ばれた真田幸村本人が立っていた。 幸村は緋色の着物に腕まくりをして掃除モードに入っている。 「三成殿、年末は一年の汚れを落として新年に備えるものです。 私もお手伝いいたします、一緒にやりましょう!」 「ゆ・・・幸村・・・」 その言葉を聴いて左近は主に見えないようににやりと笑った。 ある程度の三成の抵抗を予想していた左近が、事前に根回しして呼んでおいた秘密兵器・幸村が到着していたのである。 三成は幸村にめっぽう甘い。 大抵彼に言われたことについては、どんなに内心で嫌がっていても拒否しないことを左近は知っていた。 島左近。 実生活においても策をかかさない、軍師の鑑ともいうべき男である。 もっとも策を使う機会というのがわがまま上司をなだめるため、ということが少々情けないところだが。 ちら、と三成を伺うと案の定葛藤中の様子だった。 このぶんだともう三成が白旗を上げるのは時間の問題だ。 しめしめ、と左近は効果覿面な薬となった幸村を見る。 だが、左近は失念していた。 彼が天然だということを。 「三成殿は書物を整理してくださいね。 私は棚の上を掃除します! 三成殿が手の届きにくい高いところに届きますから!」 「幸村、自分について高枝切りバサミみたいな宣伝をするな。 っていうかその身長差的な話はここが三幸サイトである限り絶対お前が触れてはいけない話題だ・・・!!」 折角やる気になった殿になんという地雷を・・・!!と左近が恐る恐る三成の様子を伺う。 ・・・主は。 気持ち悪いくらい笑顔だった。 「はははその通りだ幸村。 おれはおまえよりしんちょうがミジカイからな。 ヨロシクタノム」 「日本語が気持ち悪いです殿!! っていうかそんな笑顔の殿、殿じゃない・・・!!」 「何を言うサコン。 おまえにはいつもせわになってる。 こじゅうとめみたいだがうっとうしいな」 「逆接じゃないじゃないですか!!」 完全に壊れている。 軍師は策を幾重にも張り巡らせておくものだが、さすがにちょっと想定外すぎた。 修正しようと必死に頭をフル回転させている間に三成にはどんどん影が増えていく。 「ああそうだ・・・世間は顔も性格もイマイチな電○男のような人間を許容し始めているというのに、身長が低い男というのは まだ着目されんな・・・。 俺のような顔がいい男でもやはり身長には勝てんようだ・・・ふふふふふ」 「若干自慢話だった気もしますがとりあえず落ち着いてください殿!!」 次の策を考えながらもツッコミに余念がない。 さすがは島左近、石田三成に二万石で雇われた男。 と、そんな時場違いな「うわ〜!!」という悲鳴が聞こえてきた。 もちろんこの場にいるもう一人のお騒がせ人・幸村である。 その声を聴いた瞬間、三成が今まで見せていたやさぐれた表情を一瞬で消して幸村を振り返る。 「大丈夫か幸村! どうした!?」 「三成殿・・・申し訳ありません! あの、ちょっと掃除しやすいように障子を外そうと思ったら脆かったのか壊してしまいまして・・・!!」 「物のせいにするんじゃない幸村! 明らかに不器用に外そうとして力でねじ切っただろう!!」 何て馬鹿力だ、と左近は思った。 障子一枚大問題でもないが間違った思考は正さねばならない。 瞬時にツッコミに走ってしまうのは周囲を義トリオと呼ばれる(ボケ)集団に囲まれたことによる性だった。 が、そんなツッコミを聞いていないように三成は思いっきりずれた反応を返した。 対幸村にしか見せない完璧な笑顔を湛えながら。 「気にするな幸村。 俺はドジっ子も大好物だ・・・!!」 「三成殿・・・!! 私も三成殿が・・・その・・・大好きです・・・!」 途端ピンク色のオーラが二人を包む。 互いに視線を絡ませ合い、左近の存在をまるっきり忘れたかのようにイチャつき始めた。 これはまずい。 既に見たくもない上司の恋愛模様を見せ付けられ胸やけがしていたが、左近は仕事を思い出し必死に声を張り上げる。 「殿! いちゃつくのは後でにしてください!! あと幸村!! 今回の話の台詞全部『三成殿』で始めるくらい 殿のことが好きなのはわかったから先に掃除し・・・」 「幸村・・・」 「三成殿・・・」 ・・・が、無駄だった。 二人を包むピンクオーラは濃度を増し、もはや環境汚染基準に達しようとしていた。 恋人つなぎで指を絡め、双方とも顔を赤らめはにかみながら見つめ合い続ける。 ーあほくさ。 左近は心からそう思った。 親切心から声を掛けたというのに、何が悲しくてこんな図を見せられなければならないのか。 あまりに馬鹿らしくなった左近は、自分ひとりでする方が全く掃除がはかどることに気づいた。 二人一緒にいられると邪魔なだけだ。 とりあえず三成をしばらく自室から出しておけば良い話なのだ。 「・・・何かもういいです。 あとは左近がやりますから殿は散歩でもしてきてください。 幸村、殿を頼んだ」 聞いているのかいないのかわからないような二人をぎゅうぎゅうと廊下に押し出す。 そして盛大な溜息をついて、散らばった書類をまとめ始めた。 全く、障子を含め余計な仕事が増えてしまった、と左近は嫌気を覚えた。 少しは感謝して貰いたいものである。 程なくして、外に追い出した二人から会話が聞こえてきた。 『三成殿・・・左近殿に三成殿を頼むと言われました・・・。 左近殿も私たちのことを祝福してくれていますね・・・!!』 『ああ幸村、年が明けると共に祝言を挙げよう!!』 「いいかげんにしてください!!!」 石田屋敷に筆頭家老の怒声が響き渡った。 それから左近はもう主の部屋の大掃除なんてしない、と誓ったとか。 end. 大掃除は大変です、というお話(どこが)。 2007.12.30up |