きみにキスを








1.おはようのキスは兼続に





兼続殿の朝は早い。
かくいう私も早起きだとよく言われるが、兼続殿ほどではないと思っている。
陽が昇るとともに起床し、朝の儀礼を行ってから、剣を振るい少し体を動かす。
普段政務に追われている兼続殿は、この朝の慣習で自分が武人でもあることを再確認すると言っていた。
文武両道の兼続殿らしい考え方だと思う。


「おはようございます、兼続殿」
「おはよう、幸村。今日も早いな」
「兼続殿こそさすがです」


兼続殿は完璧な方だ。
義や愛についての理解も深いし、部下からの信頼も篤い。
そんな兼続殿が、今日はいつもと違う表情を見せてくれるんじゃないかと、今少し楽しみにしている。
私の心を知ってか知らずか、兼続殿はふと屋敷を振り返ると笑った。


「朝に弱いあいつは相変わらず寝坊助だな」
「実は先程起こしに行ったのですが、起きてくださらなくて…」


実はこれには嘘が混じっている。
本当は三成殿とはもう打ち合わせずみなのだ。
兼続殿は優しい。
だからこんなことしても、きっと笑って許してくださるだろう。


「仕方のない奴だな。じゃあ私も行くとしよう」
「はい、よろしくお願いします」


二人で三成殿の部屋に連れだって歩く。
思っていた通りに事が進んで笑いを抑えられそうになかったから、兼続殿の半歩後ろで少し俯いた。
不自然じゃなかっただろうか。


「三成、入るぞ」


予定通りのこんもりとした丸い山。
頭からすっぽり布団をかぶった三成殿は何も言わない。

しょうがないな、と布団をめくろうとした兼続殿が射程圏内に入った。
三成殿の手が、行け、と合図する。


「兼続殿っ!お覚悟!」
「え?うわっ!」


私は兼続殿に抱き付いて、一気に三成殿のいる布団に押し込んだ。
三成殿が出てきて、掛け布団で兼続殿を受け止める。
…はずだったが、私の力が強すぎたため勢いが止まらず、結局三人で布団に転がった。


「…やりすぎなのだよ、幸村」
「…すみません」
「でもまあいい。作戦成功だ」


私たちは身を起こすと兼続殿を覗きこむ。
唐突な展開に若干ついていけていない兼続殿が、ぽかんとした表情で私たちを見上げていた。
くすくす、と三成殿と顔を見合わせて笑った。


「お前のその顔が見たかった」
「兼続殿はいつも余裕で、ずるいです」
「だからその余裕、たまには崩してやろうと思ってな」


これは悪戯なのだ、と理解した兼続殿が、予想に反して笑い始めた。


「何となく、なにかあるなとは思っていたよ。ここに来る道中、幸村の様子がおかしかったから」
「……幸村」
「すっすみません!」


三成殿にじろりと見られて私は謝る。
やっぱり兼続殿は何でもお見通しなのだな。


「まぁ私もこんなにかわいい悪戯だとは予想出来なかったがな。…さあ、どいてくれないか?」


兼続殿が笑いを噛み殺しながら身を起こそうとしたので二人で制する。
不思議そうな顔をした兼続殿を見て、三成殿が綺麗に笑った。


「これで終わりじゃないぞ、兼続」
「悪戯はまだ続いていますから」


一度三成殿と視線を交わすと、兼続殿の頬に近づく。
三成殿は左から、私は右から。


ちゅ。




「兼続、いつまで寝ているんだ。早く起きろ」
「今日は鍛練に付き合ってくださるんですよね?」


呆気にとられたまま、布団に横たわって固まっている兼続殿。

その表情を見ながら、私は三成殿とくすりと笑った。
















2.こんにちはのキスは三成に





三成の昼は忙しい。

普段私以上に仕事に追われている三成は、それを苦にしない故に無理を重ねることも多い。
しかも本人は無自覚なため一層たちが悪いのだ。
だからこそ、今日のように強制的に取らされた休みも大事にしてやらなければならない。

私と幸村は三成を遠乗りに連れてきていた。
紅葉には幾分か早いが、体に纏わりつくような空気は大分落ち着いて、秋の香りを感じ始めている。
これなら暑さに弱い三成も楽しめることだろう。

と、せっかくの気候の中、当の三成はというと。


「……………」


おねね様特製の弁当を前に硬直していた。

三成が食べ物について好き嫌いが激しいということは、彼に近い仲間内では周知の事実だ。
食というもの自体にあまり興味がないのだろう。


「三成殿、召し上がらないのですか?この煮物も漬物も絶品です!さすがおねね様ですね」


対して食べ始めてから箸を止めないのは幸村だ。
大量のおかずが詰め込まれた三段重は、一段目が綺麗に食べつくされようとしている。
その大半を腹に納めた幸村が二段目に手を伸ばしかけているのと対照的に、三成はほとんど口にしていない。
おそらくは嫌いな食べ物ばかりだが、おねね様の気持ちを無下にも出来ないため、葛藤中なのだろう。
おねね様の前ではそっけない態度ばかりするくせに、本人のいないところでは素直な優しさを見せる。
私はあまりにも三成らしくて笑ってしまった。


「何を笑っている兼続」
「いいや何でもない。それにしても本当に食べないのか?好き嫌いをすると私たちみたいに大きくなれんぞ〜?」
「もうならん!というか俺は小さくなどない!お前達が大きすぎるだけだ!」


むきになって返してくる三成をいさめると、私は幸村を振り返って一つ提案をした。


「簡単なことだ。嫌いなものを食べた後、好きなものを食べるといい!なあ幸村」
「そうですね。私も昔、そうやって好き嫌いを直しました」
「ということで幸村は菜の花のお浸しを用意してくれ!私は煮魚担当だ!」
「はいっ!」


掛け声とともに、私たちは三成の前に箸を差し出した。
幸村が嫌いな物担当、私が好きな物担当だ。
三成が狼狽えたように後ろに下がる。


「…何の真似だ」
「はい、あーん」
「ふざけるな」
「ふざけてなどいない、真剣だ!」
「三成殿」


幸村に見つめられ、三成の声が詰まる。
こう見えて幸村は頑固なので、三成が食べるまでいつまでも待つだろう。
加えてあの真っ直ぐな瞳だ、大概の者は根負けする。
三成も例外ではなかったようで、ついに観念したのかわずかに口を開いた。
幸村は穏やかに微笑むと箸を進める。


ぱくり。


その後続けて私が煮魚を口に運んでやると、三成は複雑な表情で咀嚼を繰り返した。
何だか雛に餌をやっているように思えて、幸村と目を合わせて笑う。


「…にがい」


顔を赤くしながら、三成が悔しそうにぽつりと呟く。
その声を聞いて、私たちはくすりと笑う。


「よくできました」
「帰ったらみんなでおねね様に言いましょう」


『ごちそうさま』って。


俯いた意地っ張りの頬に、私と幸村はそっと口付けた。
















3.おやすみのキスは幸村に





幸村の夜は早い。

健康優良児そのものの幸村は、日の出と共に起き日没と共に眠れる。
完全に夜型の俺としては少し羨ましい。
今日は酒宴もなかったため、早く床についたようだ。

だが俺と兼続は普通に寝かせてやるつもりはない。
既に下準備は出来ている。
隣の兼続と目配せすると、幸村の部屋に忍び込んだ。

室内はもう篝火を落としてあったため暗かった。
だが今日は月明かりのおかげで、十分室内を見渡せる。
幸村は既に寝息をたてていた。
普段勇ましさを湛えているあの瞳が閉じられていると、寝顔が年相応にあどけない。
起きる気配がないのは信頼されている証か、と少し嬉しくなった。

兼続がくすくす笑いながら囁いた。


「幸村」


ふるりと瞼が震える。
ゆっくり目を開けた幸村は、ぼんやりと意識を浮上させ始めた。


「ん…え、兼続殿?それに三成殿も…?」


寝起きの少し掠れた声が耳に心地よい。
俺もまたくすりと笑うと耳元で囁いてやった。


「幸村、夜這いに来たぞ」
「よば……、え?」


幸村が起き上がろうとするが、兼続と片腕ずつ抑えているため身動きが取れていない。
状況が掴めていない幸村を無視して、俺たちは腕を取りながら布団にもぐりこんだ。


「秋の夜長は人恋しくなるものだろう?」
「ああ、思ったとおり幸村はあったかいな」
「子供扱いしないでください…」


幸村が珍しく口を尖らせる。
それに笑いながら俺たちはさらに体を寄せた。
しばらく俺たちの好きにさせていた幸村だったが、おずおずと口を開く。


「あの、一つの布団で寝るのは無理があるかと…」
「そうだな」
「私はその辺りで寝ますから、お二人でお休みください」
「それでは意味がない!」


兼続があっさり幸村の提案を却下する。
困ったように幸村が俺を見ている気配がするが、気付かないふりをして腕に顔を埋めた。


「えぇと、では家人に布団をもらってきますので」
「それは必要ないぞ。昼のうちに隣の部屋に用意しておいたから」
「…そう、ですか」


俺たちの用意周到さに圧倒されたのか、反応がわずかに遅れている。
ここが攻め時だ、と二人で一気に言葉を重ねた。


「だが一つ困ったことがあってな」
「この腕を離したくない、だから」


「「このまま寝よう、幸村」」


兼続と一緒に思いっきり甘えて言ってやると、幸村が苦笑したのがわかった。


「お二人にはかないません」


そう言って力を抜いた幸村を両側から音が鳴るくらい力いっぱい抱きしめる。
そしてそのまま、兼続と同時に幸村の頬に唇を寄せた。


「「おやすみ」」


今日もいい夢が見られますように。















end.

















義トリオにとってキスは日常茶飯事、挨拶みたいなもんです(←頭はどうした)。








2012.09.19up