今、始まりのとき






焼け焦げた大地の匂い。
辺りに草木の残らない荒れ果てたイクサ場。
秀吉は空を仰いだ。
こんなにも天に近い国が、今混沌の地と化している。


秀吉は信長を敬愛している。
その言葉に嘘偽りはない。
ランセを統一するなんて偉業、信長様にしか出来ないと思うし、信長様ならそれが可能だと思う。
だが。


(…何もここまでせんでもえぇ)


これは見せしめだ。
他国への牽制。
抵抗する国は圧倒的な力でねじ伏せるのだと。
…運が悪かったとしか言い様がない。


事実、戦力差は明白だった。
ツバサのブショーが弱かった訳ではない。
ただ、あれの力が圧倒的であっただけなのだ。
信長の側に控えるあの黒き竜が。
彼の者は雷撃で全てを焼き尽くした。
秀吉ら他のブショーたちが手を出すこともなく、全てが彼の力になすすべなく倒れていった。
あとには何も残らなかった。


初めて黒き竜の力を目の当たりにしたときは秀吉は興奮したものだった。
あの竜を従えられる信長様はすごい。
あのお方の器も力量も計り知れない、そうやって胸を熱くした記憶は鮮明に残っている。

だが、このツバサのイクサの爪痕は、あの子供のように覚えた興奮とは程遠い。
何もここまでやらなくても。
信長軍のブショーとして参戦していた秀吉ですら、その言葉を飲み込むのに必死だった。



勝敗が決した後の、ツバサの国の若きブショーリーダーの対応は潔かった。
必要以上に荒らされた大地、蹂躙されたポケモンたち。
それらを見た上で、抗議の声を洩らす者たちを一喝すると、ただ静かに膝をついたのだ。
その隣には、秀吉のかつての親友もいた。
彼は信長の後ろ姿を睨み付けたまま、近寄りかけた秀吉に言い放った。


(悪ぃ、秀吉。俺はもう笑えねぇ)


親友の押し殺すような声が耳から離れない。




「…だいじょうぶ?お前さま」


ねねがそっと寄り添って秀吉の手をとった。
肩に乗ったヒコザルも顔を覗き込んでくる。
『皆が笑って暮らせる世』は、こんなにも遠いのか。
秀吉は力なく首を振った。


「…はは、笑えんわ」


ねねの手に力が入る。
そんなねねにおどけて笑ってやることも出来そうになかった。


「…そろそろ、かもしれんなぁ」


秀吉の言葉にふと、ねねの顔が曇る。
だがそれも一瞬のことで、すぐに頷いた。


「…そうだね。三成、清正、正則!大事な話があるの。来てくれる?」


ねねの声に子供の声がすぐに返事を返した。
イクサの様子を見に来ていたのだろう。
ねねのズバットが導くように三人を連れてくる。


「はーい!男正則、ここにいまーすっ!」
「はい、秀吉様、おねね様」
「何でしょうか」


三者三様の返事を聞きながら、秀吉は一瞬俯く。
先ほどのイクサについて、彼らが何を思っていたのか。
今は聞く気にはなれなかった。

ただ、今のままでは自分の目指すものは得られない。
秀吉は三人の顔を覗き込みながら、真摯に語りかけた。


「頼みがあるんじゃ。わしはお前さんたちを信じとる」
「だから、ゴメンね。…しばらく、お別れだよ」












泣きながらこちらを何度も振り返る正則、そんな正則をを促す清正、そして先へ進んでいく三成。
三人の後姿を見守りながら、秀吉は呟くように言った。


「ねね、わしはこれから一度だけ信長様の期待にそぐわない行動をする。じゃが、後にも先にもこれ一度きりじゃ。この一度が終わったら、わしは信長様を信じて信長様の望みのために働く。…許してくれるか」


信長様は聡いお方だ。
こんなことすぐに気づかれてしまうだろう。
そうなれば処分は免れない。
そんなことにねねも、三成も清正も正則も巻き込んでしまうのが申し訳なかった。

だが、そんな秀吉の迷いをかき消すように、ねねが明るく笑う。


「当たり前じゃない。あたしはお前さまを信じてるもの。三成たちもガンバってるんだから、あたし達もガンバらないと!」


ねねが秀吉の肩をぽんと叩く。
秀吉も無理に笑った。


この空を忘れてはいけない。
秀吉はもう一度天を仰いだ。


目が覚めるような、快晴の空だった。












「どーすんだよぉ、清正ぁ、三成ぃ」


ぐずぐずと鼻を鳴らしながら正則がメグロコを抱きしめながら情けない声を出す。


「秀吉様の言葉を聞いていなかったのか、馬鹿」


三成がコマタナを頭に乗せながら無表情で呟く。


「はぁ!?聞いてなかったわけねーじゃんよ!でもどーすりゃいいのかわかんねーじゃん!」
「ふん、それが馬鹿だと言っているのだ」
「んだとぉ!」


いつも通り三成と正則がケンカを始める。
全くこいつらは…、と清正は頭を痛めた。


「やめろ馬鹿ども。三成もなんでそういう言い方しかできないんだよ」


フン、と鼻を鳴らす三成を横目に、清正は正則に向き直る。

秀吉は詳細を語らなかった。

『カエンに戻ったら、新しい風を吹かせろ』と。

ただそれだけを三人に告げたのだった。

この言葉をどう捉えるかはお前さんたちに任せる。
そういう無言の教えが清正には嬉しかった。
自分たちを子供扱いせず、対等に扱ってくださるのだ。

だから清正は、必死に考える。
あのお方が、今何を望んでいらっしゃるのかを。
そして三成もまた、その答えにたどり着いたようだった。
肩に乗せたキバゴを撫でてやると、清正は順を追って説明し始めた。


「正則、思い出せ。秀吉様は『新しい風を吹かせろ』とおっしゃったな」
「おう。けど具体的になにすりゃいーんだ??」
「それに、『カエンに戻ったら』ともおっしゃっていた。ということは、カエンに近い国で何かをしろってことだ」
「ふんふん。ってことはぁ、えーっと、アオバとイズミと…」


指折り数える正則を見てため息を一つ零すと、三成が口を開いた。


「…ランセのブショーリーダーは基本老人ばかりだ。だが最近新しい奴が現れただろう」


清正の説明を三成が引き取ると、さすがの正則でも合点がいったようだ。
あぁ!!と大きな声を出したのを聞き届けると、にやりと笑って三成と清正が同時に言った。





「「行くぞ、ハジメの国へ」」















end.

















そして全てが始まる。








2012.09.09up