この力は誰のもの








「来たか、慶次」


一日中厚い雲に覆われたリュウの国。
周囲を岩山に覆われ崖で切り離されたこの城は、誰も寄せ付けない主の心をそのまま写したかのように孤独だ。
城内でさえ黒く染め上げられ、昼間だというのに薄暗い。
その城の最上階の最奥に、男は座していた。
傍らのサザンドラは、静かにこちらを注視していた。


「信長に話とは何だ。申せ」


魔王の威厳をたたえながら信長が促す。
慶次は畏まるわけでもなく信長を正面から見据えて言った。


「悪いが俺はこの国を出させてもらう」


信長は言葉を発することもなく、表情も変えない。
それどころか僅かに面白そうに見つめている。
慶次はこういう信長の感覚を嫌いじゃなかった。


「あんたは強い。そしてイクサの在り方を変えた。こんな勝ち方があるのかって感心したもんだ」


隣のトリデプスがこちらを見上げてくる。
一瞬目を合わせると、慶次は再び信長に向き直った。


「だがあんたのイクサには華がなくなっちまった。あんたとあの黒竜が出りゃあイクサは一瞬で片が付いちまう。俺は強い奴が好きだが、あんたの傍にいたらイクサ人として腐っちまうんでね。出て行かせてもらう」


慶次はイクサが好きだ。
ブショーとポケモンが互いの心を伝え合い、それをぶつけ合う場所。
それは日々の鍛練で培われ、共に生活していく中で織りなされる力。
両者の意志があわさって、時に逆転劇も生まれる。
そういう時には例え負けてもいっそすがすがしさを感じるものだ。
この感覚こそがイクサの醍醐味だと慶次は思っていた。

だが最近の信長のイクサには、この力のぶつかり合いが感じられない。
その力は圧倒的で、タイプ相性を覆し、ブショーたちの意志をも蹂躙する。
慶次にはそれが納得出来なかった。


(『ランセを滅ぼす』、そのためには手っ取り早い方法だとは思うがね)


信長の目指すものと慶次の求めるものは全く違う。
それが最近になって顕著に表れただけだ。
おそらく信長にも慶次のような自由人がいつまでもこの地に留まっているはずがない、とはわかっていたことだろう。
そんな慶次の様子に信長は一層面白そうに問う。


「信長の元を出て何とする。他の勢力へ下って信長を討つか」


その言い回しに慶次は一人の人物を思い浮かべる。
信長軍と同等の勢いでランセ地方の南方から勢力を拡大している、イーブイを連れた若武者。
カエンで始めて会ったときはブショースカウトも知らなかったのが、今やシデン、コブシ、サナギを手に入れ、信玄・謙信の二人に迫ろうとしているのだという。
随分大きくなったものだ。
そして面白いのが、城を明け渡した多くのブショーリーダーが実力を認め、喜んで力を貸しているという点。
あいつのイクサには何か魅了されるものがあるのかもしれない。
一度見に行ってみるとしようか。

微かにあの若者を思い浮かべながら慶次は答えた。


「さあ、しばらくは誰の下に行くつもりもないねぇ。惚れる奴がいりゃあ手ぇくらいは貸すかもしれないが」
「…で、あるか」


信長が彼特有の言い回しで相槌をうつ。
そしておもむろに右手を挙げた。


「ならば慶次、餞別をくれてやろう」
「…慶次様、これを」


後ろに控えていた蘭丸が小ぶりの箱を差し出す。
片膝をついたルカリオが少し顔を上げる。
慶次が覗き込むとそこに見えたのは、手のひらに収まる程の三つの輝きであった。


焔を留め置いた紅い石。
雷撃を切り取った薄碧の石。
水滴を包み込んだ蒼い石。


このランセ地方のショップでは簡単に買えないこれらの石は、紛れもなくポケモンの力を引き出すもの。

まるで、これら全ての力が必要な奴のためにあしらえたような。


「…あんたも難儀な御仁だねぇ」


おそらく信長はあの若者が追いついてくるのを待っている。
信長は意志を持つ人間が好きだ。
例え自分と違う道を進んでいる者だとしても。

そして敵に塩を送るような真似をしておいて、その実、試してもいるのだ。
信長のサザンドラにしてもあの黒き竜にしても、ドラゴンタイプにはこれらの3タイプは相性が悪い。
その上でどれだけポケモンを強くできるのか。
どれほど信長と渡りあえるのか。

ふ、と口元だけ緩めると慶次は差し出された箱を受け取った。


「いいさ、俺の好きなように使わせてもらう。じゃあな」


そう言って信長に背を向けるとトリデプスを促す。
背後で信長が薄く笑ったのがわかった。


「さぁて、行くとするか」


無条件で渡してやるほど慶次はお人よしでもない。
あのヒヨっ子だった若者がどのくらい強くなったのか、まずはその実力を見せてもらうとしよう。
可能性は限りなく低いが、信玄・謙信を認めさせるほどであったとしたら、その時は信長の意志を受け渡すつもりだ。
リュウの国を後にした慶次は大声で笑った。


「久々に華のあるイクサが見られそうだねぇ」


今はまだその時ではない。
だが、いずれそれが近づいてくる予感がしていた。















end.

















ランセの伝説編で信長が攻めてこなかったのは「駆けよ!」って主人公を試してたからだと思う。








2012.10.07up