次代のあなたへ ハジメのブショーリーダーがランセ統一を果たし、各国の城を返還してから、ひとつの季節が過ぎた。 各国のブショー達は自国に戻って国内を立て直し、ひとまず平穏を取り戻したと言えるのだろう。 だが、今はというと新たな戦いが始まっている。 誰が言い出したか、配下ブショーによる腕試しなんて始まって、ランセ地方全土を巻き込む事態に発展した。 このお祭り騒ぎに民もまた自国の新リーダーを全面的に支援し、誰が強いかで大騒ぎだ。 まぁそれが揉め事に発展しているわけではないのが救いだろう。 1月毎に行われる国同士のイクサは、ブショーも民も大人も子供も集まって、大いに盛り上がりを見せている。 例え敗北し城を取られても、人々はみな勝者の戦略を褒め敗者の健闘を称え合う。 閉塞感に満ちていたランセ地方が、また活気を取り戻しているように見えた。 一方、元ブショーリーダーたちはというと、配下ブショーを見守るか、こうやって毎日のように酒を酌み交わしている始末。 平和ボケでもしてしまいそうだ。 こんなお祭り騒ぎ、本当に誰が言い出したんだったか。 「…確かお前らじゃなかったか」 「ん〜?なんのことかね?わし、知らないよ」 「ケンシンが闘争、継ぐはカネツグの他あらず」 「このイクサ馬鹿め、やっぱりお前らじゃねぇか」 ウジヤスが言うと、ケンシンが一際大きい杯をあおり、シンゲンが豪快に笑う。 「若者たちはしっかり、わしらはのんびり。こりゃあ最高じゃね」 「宿敵と交わす酒、何よりの美酒」 「上手いこと纏めようとしやがって。結局は楽してえだけだろうが」 シンゲンとケンシンがどんどん酒を重ねていく。 ウジヤスも悪態をついていたが、言葉ほど表情は厳しくない。 皆、口では何と言おうと、ランセに訪れた平和に安堵しているのだ。 当時は、突如何の前触れもなく侵攻を進めたノブナガ軍に、誰もが皆疑心暗鬼に陥っていた。 だから対ノブナガの共同戦線はいつになっても結ばれなかったし、動こうとする者はいなかったのだ…あの若者が現れるまでは。 かの者は各国の迷いや動揺を、少しずつ断ち切っていった。 もちろん、全ての城を手に入れ伝説のポケモンを解放するという、ハジメのブショーリーダーのやり方は正直稚拙だ。 やった事自体はノブナガのそれと何ら変わらない、とウジヤスは今でも思う。 だがノブナガとは違って、あの若者は全てを言葉にしてみせた。 争いをなくしたい、ノブナガをとめたい、みんなの笑顔がみたい、だから力を貸してほしい。 子供みたいに単純な理屈。 だがそれこそがランセには必要だったのかもしれない。 ガキはガキらしく、素直が一番ってか。 ウジヤスはそっと口元を緩めた。 「新しい力、若者の未来。これから先が楽しみだね」 ふと顔を上げると、シンゲンがこちらを面白そうに眺めている。 このどんな時も外さない仮面とにやりと笑っている口元が、不愉快この上ない。 小さく舌打ちをし、ウジヤスはシンゲンに話を振った。 「おいシンゲン、そういやお前の所の真田のガキ、リザードンがいるくせに最近ポカブも連れてやがるな。あれ、お前の差し金だろ」 「んー?あぁ、エンブオーがわしの好みだったからリンクを勧めただけだよ?」 シンゲンのわかりやすいはぐらかしを、ウジヤスは一蹴する。 「ほざきやがれ。じゃじゃ馬シノビもズルッグを連れ歩き始めたって情報もあるんだ。お前の胡散臭え企み以外考えられねぇだろうが」 「わし、信用ないのう…。でもおことのところの熊姫ちゃんも、ケンシンのとこのカネツグも、バオップとラルトスを連れておるね。同じような理由じゃないかね」 その言葉にウジヤスはあからさまに嫌そうな顔をしてみせた。 シンゲンの言葉を引き取ったのは、意外にも口数の少ないケンシンだった。 「次代の世、作るは子らだ。そういうことであろう、宿敵」 「お、いいこと言うね、ケンシン」 ケンシンからの同意を受け、我が意を得たり、とシンゲンが笑う。 相変わらず妙な仮面で表情は読めないが、その目は柔和なものだった。 「これから先、あの子らに必要なのは、乱世の先を共に歩める存在なんじゃよ」 少女は舌を出す。 後ろから叫ぶ声を聞きながら。 「マニューラ見たぁ?稲ちんのあの顔!ほんとからかい甲斐があるよねぇ〜にゃはん♪」 フクツの偵察のついでに、今日もイタズラは大成功。 にしし、と笑うマニューラとハイタッチを交わしながら駆け抜け、木に飛び移った時だった。 ずる、ぽてっ。 間抜けな音が耳に入り、少女は振り返る。 視線の先にはこけたらしいもう一匹のパートナー・ズルッグの姿があった。 ズルッグはぼんやりしながらゆっくり立ち上がる。 マニューラと顔を見合わせた少女は、頭を掻きながら呟いた。 「シノビに情は必要ないのでござる!…でもあたしまだお仕事あるしなぁ〜…」 ずるずる、ぽんぽん。 ズルッグはそのびろびろした皮をよいしょとばかりに引っ張り、おなかのほこりを払うと、歩き出そうとしてまたこける。 ついに見ていられなくなった少女は、ズルッグを抱き上げ背中に担ぐと、斜め掛けにした手拭いで結んでやる。 「しょーがない、背中に背負っていったげますよ!落とされないように注意してよねん」 ぼーっとしたその表情は変わらないまま。 聞こえてんのかなぁ、なんて溜息をついたとき。 ほんのすこしだけ、その手に力が入ったのがわかった。 ちいさくてあったかい。 心がくすぐったくなって、少女は小さくはにかんだ。 「ん〜…どうしよ、ちょっとかわいいかも…」 義士は頷く。 他国の動静を伺いながら。 「今優勢なのは西方のムネシゲ軍、東方のタダカツ軍か。だが隣国のユキムラ軍、マゴイチ軍、カイヒメ軍もまた動き始める頃だろう。油断は出来んな、フーディン」 フーディンもまた深く頷く。 今回ケンシンがブショーリーダーに指名したのは、姉アヤゴゼンでも子カゲカツでもなく、彼であった。 義士はその事実に身の引き締まる思いだった。 必ずやその期待に応えなければならない。 「ケンシン公から託された志を持って、必ずや御前とカゲカツ様を勝利に導こう。見ていてくれフーディン、そして…」 そう言うと、義士は後ろを振り返って微笑んだ。 「ラルトス、お前もおいで」 すると、柱の影からそっとこちらを覗いていたラルトスが顔を出した。 まだラルトスとはリンクしてから日も浅く、実戦経験もほとんどない。 引っ込み思案なラルトスの頭を撫でて抱き上げると、義士は優しく語りかけた。 「怖れることはない。負けたって這い上がればいい。私たちには民がいる。今は敵となろうとも、信頼できる友がいる。もちろん、お前も、フーディンもな」 彼の言葉は皆を勇気づける。 腕に抱かれながらラルトスが義士の顔を見つめる。 彼もまた、愛すべきパートナーたちに微笑み、高らかに叫んだ。 「さあ行こう!義の勝利を!」 姫は笑う。 配下のブショーに激を飛ばしたその顔を緩めて。 「大丈夫、あたし達なら勝てる。絶対勝てるって信じてる」 ヒヒダルマは天守から城下を眺めている姫の横顔を見つめる。 頭に乗ったバオップは先ほど姫からもらったぽにぎりに夢中だ。 普段の元気一杯な姫と違う落ち着いた声音に、ヒヒダルマは静かに見つめた。 「あたしさ、お館様のやり方が正しいって証明したいんだ」 ぽつりと、姫が呟く。 年頃の女の子らしく整えられたその長い髪が風に舞った。 「お館様は天下なんていらないって言うけど、あたしは違う。身近な人を幸せに出来る、お館様みたいな考えの国が増えれば、争いって収まってくと思う」 姫はいつだって前向きだ。 どんなに不利な状況でも決して諦めることを知らない。 「あたしにとって、お館様と、ヒヒダルマとバオップと、今は離れてるけどコタロウと、民のみんなとで作ったキガンは誇りなの。あたしたちは間違ってなかったって証明するためにも、天下がほしい」 そう言うと、姫がにかっと笑ってこちらを振り返った。 「だから協力してよね、ヒヒダルマ!誰が来ようが絶対勝ぁーつ!」 拳を振り上げる姫に頷こうとしたとき、バオップが突然飛び上がった。 「…ってこらー!髪ひっぱんないでよバオップ!セットが崩れちゃう!あたし今いいこと言ってんだからね!!」 きゃっきゃとはしゃぎながら姫の髪を掴むバオップと、それを引き剥がしにかかる姫と。 ウジヤス、姫はだいじょうぶだよ。 ヒヒダルマはそっと思う。 姫は今たくさんのものを背負っているけれど、その重圧も責任も一緒に背負うつもりだから。 ふと目をやると、姫がバオップにおちょくられて怒り、ついに追いかけっこが始まったのが見える。 落ち着きはまだまだ足りないけどね。 変わらない日常にヒヒダルマもまた笑った。 そして。 青年は拳を握る。 固い決意を滲ませながら。 「お館様のご期待に添えるよう、私は命を賭して戦う。ついてきてくれないか」 その言葉に、傍らのリザードンが小さく喉を鳴らす。 青年は相棒の頭を撫でてやった。 だが、納得しない者がその場にひとり。 ポカブが鼻を鳴らしながら抗議する。 騒ぎ出したもう一匹のパートナーの表情を青年が覗き込もうとするが、気に入らないのか、ぷんっと顔を逸らされてしまう。 「生きていなければだめだ、と?…そう言ってくれるのは嬉しいが、私のこの意地は変わらないだろう。そなたは無理して付き合う必要は…」 ぶんぶんとポカブが首を振る。 必死に青年の服の裾を引き、その腕に飛び込む。 いっしょにいなきゃいやだ、そう訴える瞳に青年が困ったように話し掛ける。 「機嫌を直してくれ。私とて犬死にするつもりはない。だが私は未熟故、お館様を支え、世にブショーの生き様を示すためには覚悟が必要なのだ。…だから約束は出来ないこと、わかってほしい」 途端、再びポカブの目が吊り上がり大きな声で抗議を始めたのを見て、青年がまた困ったように頭を掻く。 途方に暮れていると、リザードンが青年の頬に顔を摺り寄せてきた。 いつだって味方でいてくれる相棒が、ポカブをなだめてくれるのかと青年が息をついたとき。 (ほんとは僕だって、君に生きていてほしいんだ) 一瞬だけ、リザードンの思考が脳裏を掠めた。 予想外の反応に、青年は瞳を瞬かせる。 青年が表情を窺おうとすると、珍しくリザードンが目を合わせようとしない。 そこで彼は気付く。 これはリザードンの隠していた本心なのだと。 いつも静かについて来てくれていた相棒が、何を考えていたのかを。 青年はしばしの逡巡の後、言葉を選ぶように言った。 「…少し考える時間をくれ。だから今度のイクサは必ず勝とう」 ぱっと顔を輝かせたポカブがぎゅうと首にしがみついてくる。 リザードンが頬に一層擦り寄ってきた。 その表情に多少の困惑の色を滲ませながらも、青年は固く握っていた手を緩め、ふたりを撫でてやった。 「わしらの時代で群雄割拠の時代が長く続きすぎたせいで、ブショーは『戦う者』になってしまった。でも本当はそれだけじゃないってことに気付いてほしいね」 「…その通りだ、宿敵。ブショーは戦うだけに非ず、リンク出来ない民とポケモンを繋ぎ皆を導く者。その事はポケモンが教えてくれよう」 シンゲンの呟きにケンシンが頷きながら返す。 するとウジヤスが苦笑しながら言う。 「ケンシン、まさかお前からその台詞が出るとは思わなかったがよ。まぁ、わからねぇでもねえな」 「その点、熊姫ちゃんとカネツグは、イクサの先にもう目を向けてる所は合格じゃな。ただ、二人とも熱くなりすぎちゃう所があるからね。そこはポケモンたちが支えてくれるよ」 ケンシンが酒を一息で流し込んだ。 ウジヤスが改めて酒を注いでやると、自分もちびちびと杯を舐める。 「そうなると一番の問題児はシンゲンの所だな。真田のガキはぶっとばしても聞かねえ頑固者。あの忍も相当クセがあるじゃじゃ馬だ。でもまぁ今回ブショーリーダーやって少しは考えるだろ」 「うん、そうだよ。二人とも困ったちゃんなんだよ。でも、手の掛かる子ほど可愛いってね。」 そう言うと、シンゲンは豪快に笑う。 その言葉は信頼あってのものだろう。 晴れ晴れとした表情でシンゲンは言った。 「さあて、みんなが頑張ってくれてる間に、わしらはイクサの先に進まないとね」 シンゲンの言葉にウジヤスも頷く。 穏やかに収まりかけたこの酒宴であったが。 この男がイクサと聞いて黙っているわけはなかった。 「…だが、今回の闘争、勝つはカネツグなり」 ケンシンの呟きに、ぴくりとシンゲン・ウジヤスの肩が動く。 「言うね、ケンシン。じゃがユキムラの毎日の訓練を舐めちゃいかんよ?」 「はっ、うちの小僧がモテ力を犠牲にしてんのは何のためだと思ってやがんだ」 さすが覇権を争い続けた三雄と言うべきか、彼らは静かに火花を散らし始める。 場を治めるために、ついにシンゲンが口を開いた。 「ふっふっふ、譲らんね、みんな。じゃあランセ統一後の飲み代、賭けるかね?」 「承知」 「まだ闘う気かよ、イクサ馬鹿どもめ。だが今回は俺も乗った」 勝手に賭けの対象とされていることも知らず、若者たちは今日も腕を競い合うのだった。 (おまけ) 「…でも真田のガキとポカブはどう見ても似合わねぇな。センスを疑うぜ、シンゲン」 「ウジヤス、ひどいのう…。じゃあそういうおことらは、なんでバオップとラルトスなのかね?」 「あん?小僧の髪型、バオップの頭と似てんだろ。爆発してる感じが」 「上杉が陣の色、白なり」 「…おことらも、適当すぎて普通にひどいね」 end. 関東三国志主従の信頼関係がだいすきです。 2012.12.16up |