兼続のパートナー、フーディンは掃除好き、書道・水墨画好きで有名である。 年齢の判断がしづらいポケモンのなかでも、熟練の域だと推測されるフーディン。 特にとても几帳面に行き届いたその掃除は、少々のおせっかいの域に達しているほど。 彼はマスターである兼続の部屋はもちろんのこと、マスターの友人の部屋についても(頼まれてもいないのに)細めに片付けている。 トレードマークであるスプーンを掃除棒に変えるくらい、掃除を愛しているのだ。 そんなフーディンの今日のターゲットは黒髪の青年、リザードンの主人の部屋である。 フーディンはこのリザードンの主人について、それなりに買っている。 マスターの友人のうち、赤髪の青年はフーディンの掃除について非常に嫌そうな顔をしてくるが、黒髪の方はむしろフーディンを見つけると「ありがとうございます」なんて丁寧にお礼を言ってくる。 なかなかによく出来た青年だ。 そしてこれもまたマスターの義と愛の薫陶のたまものだな、とフーディンはゲンムの国を誇らしく思っている。 さて、とフーディンは勝手にその部屋に上がりこんだ。 室内には誰もいない。 訓練の好きな若者のことだ、きっとリザードンとポカブを連れて道場にでも行っているのだろう。 若者の世話が好きなフーディンは、彼が帰ってくる前に綺麗に片付けておいてあげよう、なんて気合を入れた。 とはいっても彼の部屋は物が少ないので、すぐに終わることだろう。 まずは雑巾がけから、と愛用の布を机に広げた瞬間。 (…………!!!!!!) フーディンは机の上の衝撃的な光景に、大きく目を見開いた。 +++ 「フーディンに避けられている?」 兼続が幸村からその相談を受けたのは、三成を含め3人で酒を酌み交わしていたときだった。 珍しく三成の仕事が一段落ついたため、兼続が自分の部屋に三成と幸村を招いたのだった。 部屋の隅にはリザードンとキュウコンが丸くなり、キュウコンの尾の中でコマタナがうとうと微睡んでいる。 「幸村が?三成ではなくて、か??」 「おい兼続、どういう意味だ」 おどけたように聞き返す兼続に、三成が不満げに抗議する。 しかし幸村はその応酬に困ったように笑うと、しょんぼりと肩を落として呟く。 膝の上をちょろちょろと動き回り、袖を引くポカブをあやしながら、幸村はため息をついた。 「…はい。間違いないと思います」 これには文句を言っていた三成と笑っていた兼続が目を合わせる。 そして三成がゆっくり理由を尋ねた。 「どうしてそう思う?」 「…フーディンのあの態度を見ればわかります」 「あの態度?」 と、そこに渦中のポケモン、フーディンが部屋にやってきた。 フーディンは主人にべったりなポカブや、そっと寄り添うリザードンやキュウコンなどとは違い、一人で自由に行動していることが多い。 兼続の危険を予知したときや呼ばれたときにはテレポートですぐ傍に来られるので、常に一緒にいることは必要ないのである。 そんなフーディンがわざわざやってきたので、兼続がどうしたのかと思い周囲を見回すと、机の上に彼の愛用のスプーンが置かれていることに気付いた。 いつもの通り、掃除をするため置いて行ったのだろう。 ちょうどよかった、と兼続がフーディンを呼び寄せる。 「おお、フーディン。お前の探し物はここにあるぞ!」 その声にフーディンは兼続の方を見る。 そして受け取りに行こうと歩を進め、マスターの周辺にいる二人に目をとめた瞬間。 (…………!!!!!!) ものすごく、それはもうものすごく衝撃的なものを見たかのように、フーディンの目が見開かれた。 兼続の方へ歩みを進めながらも、そのフーディンの目はずっと一人を追いかけ続けている。 そしてその視界の先に捉えられているのは。 「…………やっぱり、私のようですね」 本人が言うとおり、間違いなく幸村なのであった。 あっけにとられる兼続と三成だったが、フーディンのその様子はスプーンを受け取って部屋を出ていくまで続いた。 幸村はその強烈な視線に耐えきれず、ついには俯いてしまっている。 あまりの光景に兼続が幸村を問いつめた。 「…これはまたすごいな。何をやったんだ幸村?」 「うぅ…全く身に覚えがないのですが…」 しおしおとなる幸村を横目に、三成は息を吐いた。 「いつからだ?」 「昨日の夕刻くらい…からかと」 「ふむ、それほど時間は経っていないんだな。それでは昨日お前が何をしていたか、思い出してみようではないか!」 兼続が高らかに宣言すると、三成も頷いた。 しかし幸村は困ったように話す。 「昨日は朝鍛練に行って、昼は部屋で書物を読んでいたので、フーディンとは一度も会う機会はなかったのですが…」 「そうか、じゃあ直接会って何かがあったわけではないのだな」 兼続が言うと、三成が鼻を鳴らしながら不機嫌そうに言う。 「ふん、奴のことだ。どうせお前が留守の間に勝手に上り込んで片付けでもしたのだろう。おせっかいにも程がある」 「確かに。机の上のものの配置が少し違っていた気がします」 「そうだな、おそらくその時何かが気になったのだろう」 じゃあ、と兼続が続けた。 「幸村、机には何か置いていなかったのか?」 「机ですか…えぇと………、……あっ…!!」 「何だ、何か思い出したのか」 「いえっ!これはフーディンの件とは…、か、関係ないと思います!」 急に言い淀む幸村に、三成は眉をひそめた。 心なしか顔が赤くなっている。 「関係ないかどうかは俺たちも判断する。相談している以上は情報を開示するのが礼儀だろう、幸村」 この短気なのが彼の悪い癖だ、憎からぬ相手であったとしても責め立てるように先を促してしまう。 幸村は赤くなった頬をそのままに、観念したように呟いた。 「み、三成殿への…、その、文、を…乾かしていて…」 「…っ!!そ、そういうことは言わなくてよいのだよ!!」 こうなると三成は一気に勢いをなくす。 彼は計算外の事態には弱いタチなのだ。 単に手紙と表現すればいいだろうとか、わざわざ俺宛などと兼続の前で言うなとか、言いたいことはたくさんあったが、結局は何も言えなくなってしまった。 この素直すぎる性格も好ましく思っているのだ。 お互い真っ赤になった二人の様子を見守っていた兼続は面白そうにはやし立てる。 「何だ、二人とも直接会うだけでは飽き足らず文まで交換していたのか。順調に愛を育んでいるようだな、安心したぞ」 「だ…黙れ兼続!!」 つられたように顔を真っ赤にして抗議する三成を軽くいなしながら、兼続がにやにやと笑って言った。 「ははーん幸村、その手紙の中に実はいかがわしい内容でも書いていたのではなかろうな?『そろそろ私を召し上がってくださいv』とか!」 「なっ…!!!」 ばっと音が鳴りそうな勢いで三成が振り向く。 ちなみにこの二人、思いは伝え合っているが一線は越えていない、そんな微妙な関係。 どうやってここから先に進もうか、と普段から頭を悩ませているところだったりする。 もし俺のことを待っているとするならば、こんな酒など飲んでいる場合ではない! まさか、と多少の期待と不安を抱えながら三成が固唾を飲んで見守っていると。 「……イカ皮しい……?」 天然要塞は見事に兼続の攻撃をかわしたようだ。 しかも地味にひどい聞き間違いをしながら。 案の定兼続が切なげな声を上げる。 「ちょっと傷ついたぞ幸村…。それもこれも三成、お前がヘタレすぎて幸村に手を出していないせいっ!!」 「余計な世話だ!!」 矛先をこちらに向けられて咄嗟に反論する三成だったが、その胸中はほっとしたような、がっかりしたような、複雑な心境だった。 …と、ここまできて。 今は何の話だっただろうか、話が完全にそれている気がする、と気が付いたのは兼続であった。 そして一つ提案をする。 「うーむ、こうなったらフーディンに直接聞いてみるほかないな」 「兼続貴様…それが出来るなら最初からそうしろ…」 急激な疲労感に襲われて三成ががっくりと肩を落とす。 フーディンと心が通じ合えるのなら、一連の推測と振り返りはなんだったのだろうか。 単に恥ずかしいことを暴露されただけのような気がする…と、三成はため息を吐いた。 そんな三成の様子を気に留めず、兼続は高らかにパートナーを呼んだ。 「フーディン!ちょっと来てくれ!」 兼続の言葉が発せられた瞬間、突如彼の傍にフーディンが姿を現す。 何度か見たことがあるとはいえ、やはりエスパーポケモンは他のポケモンとは違い、かなり特殊なようだ。 感心する三成と幸村の前で、兼続はフーディンに話しかけた。 「少し話を聞かせてはくれまいか?」 フーディンは相変わらずちらちらと幸村の様子を伺っている。 しかしそれもつかの間、兼続とフーディンがお互いを正面に見据え、念を交わした。 空気が震える感覚を覚えたかと思うと、二人の辺りを紫色の光が包む。 しばらくそうやっていると、兼続がようやく目を開けた。 「………なるほど、フーディンらしい考えだ」 真面目に頷く兼続に、おろおろと幸村が声を掛ける。 「兼続殿!教えてください!私はフーディンの気に触ることをしてしまったのでしょうか?」 「もったいぶらずに早く言え、兼続!」 三成からも催促されると、兼続は一瞬複雑な表情をして、考える仕草をする。 だが二人の視線に仕方ない、と息をつくと、重い口を開いた。 「………幸村の字が、あまりにも下手すぎて衝撃的だったそうだ」 「………………………は?」 たっぷり時間をかけて三成がやっと反応を返す。 幸村は完全に硬直していた。 兼続は真面目な顔で続ける。 「フーディンの言葉をそのまま言うぞ。 『このように義心に満ちた若者が、これ程ひどい字を書くとは全く嘆かわしい。彼を書の道に導くにはどうしたものか、マスター』 …だそうだ」 「…貴様の国はポケモンまでも『義』にこだわるのか」 額に手を当てて眉をひそめる三成。 言われた幸村はというと、「私そんなに救いのない字してますか…」と落ち込んでいる。 兼続もうーむ、と腕を組んで難しい顔をしている。 どうにかフーディンが納得する言葉を探しているのだろう。 だがこの硬直状態を破ったのは意外にも三成だった。 「ふん、フーディン、貴様案外何も見えていないんだな。」 皆の視線を一身に集めながら、三成は口を開く。 「確かに幸村の字は多少文字が崩壊しているが、それはわざと汚く書いているからではない。単に下手なだけだ」 「うぅ…」 「だが、それは人に向き不向きがある故仕方のないことだ。俺は幸村が下手なりに丁寧に書いていることを知っている。だからこのままで良いと思うのは変なことか?」 三成が幸村を穏やかに見る。 普段はその鋭い瞳のせいで冷たい印象を与える顔が、今は微笑をたたえている。 フーディンが少し驚いたように三成を見つめている。 ここまでだったら文句なしにいい男だが。 三成は更にヒートアップして言葉を続けた。 「というかこれは戦になると勇ましいのに普段は穏やかで優しくてワガママを言わない完璧な幸村のちょっとしたマイナスポイントなのだよ!言ってみればこれはギャップ萌え!?」 「み…みつなりどの…」 「幸村の場合はただでさえ普段と戦闘時のギャップを持っているというのに、礼儀正しい真面目っ子がちょっとドジっ子でもあるだとなんという俺得!!こういう個性は尊重していくべきだろう間違いない俺はこの汚い字ごと幸村が好きだ!!」 「三成殿っ!!」 何だかよくわからないが三成と幸村はひしと抱き合う。 存在をすっかり忘れ去られていたポカブが足元で抗議している声が聞こえるが、二人の耳には全く入っていないようだ。 リザードンとキュウコンは困ったように目を合わせ、溜息をつくと再び目を閉じる。 兼続とフーディンはその2人の様子をしばしぽかんと見つめていたが、しばらくしてお互いに頷きあった。 そしてこれをもって、フーディン事件は唐突に終焉を迎えたのだった。 +++ そこから先の話は私の方からするとしよう。 フーディンの二人に対する態度は随分と変わった。 特に三成について、『見かけによらず愛の深い男だ』と気に入ったらしく、三成を見る度満足そうに頷いている。 三成は「何なのだよ…」と不快そうに顔をしかめているが、それがツンデレの照れ隠しだということを私は知っているぞ! ちなみに勝手に部屋に上がりこんで掃除をしているのも相変わらずだ。 だが最近は掃除をするだけでは飽きたらず、ときどき幸村の部屋に書道の教本を置いて帰っている。 納得はしたが、字が綺麗に越したことはない、ということらしい。 幸村も練習しているようだが…結果にはあまり結びついていないな。 私もフーディンも、二人の親みたいな心境だ。 うまく進んでほしい、と心から思う。 おや、噂をすれば二人が楽しそうに話している。 二人の表情は幸せそうで、こちらも心が温かくなる。 やはり愛は大事なものだな! ちなみに二人の関係はというと、残念ながらおそらく進んでいない。 全く、三成のヘタレっぷりには呆れるが…まあそのうちうまく収まるだろう。 さて、私たちについても最近変化があった。 この二人に出会うとき、私はフーディンと二人で笑いながらたった一言の言葉を交わすのだ。 簡単だが、まさに真理をさしている言葉だと思う。 さあ、今日も共に言おうではないか! 『愛はふたりを救う!』 end. 上田の資料館で見た幸村氏の書状の文字があまりに豪快だったのでvv フーディンさんも義と愛を体現してくれるひとたちが大好きです。 2012.09.05up |