やっぱり、イチは藤の花の下にいた。 思ったとおり目元を赤く腫らして。 それでもいまは穏やかに眠ってる。 その手が大事そうに触れているのは少ししおれた藤の花。 あのひととの、約束の花。 どうか届きますように イチの大切なあのひとは、とっても優しいひとだった。 お月さまみたいな金色の髪に、柔らかく微笑む素敵なひと。 人間やポケモンだけじゃなくみんなに優しくて、道端のお花を踏むのを避けようとして転んじゃうような、そんなひと。 何よりあのひとがいるとイチがとっても幸せそうな顔をするから。 だからボクはだいすきだった。 でもあのひとはもういない。 もう、イチのもとには帰ってこない。 その知らせを聞いたとき、イチはただ静かに頷いた。 ボクが見上げると、頭を撫でていつものように微笑んだ。 でも、ボクは知ってる。 頭を撫でていたイチの手が震えていたこと。 イチが隠そうとしてたから気付かないふりをしてたけど、その顔は今にも泣きそうだったこと。 その日の夜、イチはひとりで外に出ていった。 ほんとはボクはずっと傍にいたかった。 あのひとがいなくなってしまった今、イチのことを一番知ってるのはボクだった。 だから誰よりもイチをなぐさめてあげたかったんだ。 でも、ボクにはそれはできない。 ボクがいるとイチはがんばっちゃう。 全然平気じゃない顔をして、大丈夫ですよって微笑むんだ。 (人間の言葉が話せるようになりたい) そうしたらボクはイチに言ってあげられる。 泣いていいんだよって。 ボクはずっとそばにいるよって。 出ていったイチに気付かれないようにしてボクはそっと後を追う。 イチは大声で泣いていた。 何度も何度も、あのひとの名前を叫びながら。 (長政さま、長政さま) (市はずっと、あなたのお側にいたかった) (なのにどうして、) 今、イチは静かに眠ってる。 あのひとと過ごした花畑に包まれながら。 あのひとの香りを感じながら。 だからボクはここでうたう。 イチを泣かせてあげられないボクにはこれしかできないから。 かみさま、おねがい。 ボク、声がでなくなるまでずっとうたいます。 だいすきなぽにぎりだってがまんするよ。 だから、どうかせめて。 (イチが夢のなかで、あのひとと会えますように) end. だいすきなだからこそ、そばにはいられないんです。 2012.08.25up |