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【秕さまより三幸!】








 三成が政務を終え、まず先に足を伸ばすのはいつも幸村の元だった。
 太閤秀吉にも妻のねねにも大層気に入られ、人質という立場を疑ってしまうほど可愛がられている幸村は、最近兵法を学ぶことに余念が無いらしい。ーーとはいえ、天下の殆どを平らげた豊臣家がする戦も、残すは臣従の意思が見られない北条家のみであろう。これからは戦ばかりでは無いのだ、泰平の世が来てしまえば兵法など役に立つはずも無い。秀吉はそんな幸村が先行き不安に思えたらしく、親しくなった間柄の三成に政を手慰み程度に教えてやることを命じた。
 三成としても年下の友人である幸村は素直で可愛く、異論なく承った。だが五大老の一人である三成はそれなりに忙しく、幸村に教え事をするのはこうして早く政務が終わった時に限られてしまう。
 ーーしかし自分でも意外な程幸村を気に入っているらしく、最近は前程根を詰めなくなり、程よく仕事をこなして彼の待つ部屋へ向かう様になっていた。

「幸村、入るぞ」

 通い慣れた部屋の前で閉め切られた障子に手を掛けながら言えば、向こうからはい、と元気良く声が聞こえた。ふ、と知らず緩む口元に気付かぬまま、三成は部屋の中に身を滑らせてまた障子を閉める。文机に向かっていたらしい幸村が三成を出迎え、座して深く礼を取った。

「お疲れ様でございます」
「あぁ、……それは、石直しの算術か」

 幸村の身体越しに見えた書の複雑な数の並び。それはこの前三成が教えたものだ。
 幸村が身体を起こしてにこりと笑って見せる。

「はい。せっかく教えて頂いたので、覚え直しておりました。…これで間違いはありませんか?」
「ああ。…うむ、俺が教えた通りに出来ているなーーまぁ、お前なれば当然のことだが」

 思わず手放しで褒めてやると、幸村の頬がさっと赤らむ。おずおず、と言った様子で視線を逸らされ、有難いお言葉でございます、と蚊の鳴くような声で言った。予想外の反応に思わず面食らってしまうが、照れている幸村は中々貴重だ。それでいてーー可愛らしい。三成は幸村に寄ると腰を下ろし、その髪を撫でてやった。

「わ、」

 慌てた様に顔を上げた幸村と視線が合う。その表情の中に強く現れている驚きに、内心複雑になった。似合わないことをしている自覚はある。けれどこうして髪を撫で、触れ合いたくなる程度には幸村を思っているのだ。あわよくば、それ以上を、とも。
 しかしまだ垢抜けぬ幸村にそれを望むのは厳しい気もするし、何より彼は自分に向けられる感情に対して鈍感だ。生き辛さで知られる三成がこうも心を砕いていることを、幸村は三成の真心故だと思っている。別にそうじゃないとは言わないが、それ以外の薄汚い想いが根底にあるのは否めない事実だった。
 ーー…三成はいつの間にか、この穢れない男のことを愛していた。

「…三成殿?」

 窺いを立てるように、幸村が困惑したように首を傾げる。それを見つめ、三成は「らしくなさ」を彼から突き付けられた気がして、自嘲して見せた。

「……俺がこうするのは、嫌か?」
「そのようなことはありません…逆に、嬉しくて、」

 言葉尻を切り、幸村が意を決したように見つめてくる。その真剣な色に思わず口を閉ざすと、耳に心地よい声が響いた。

「…お忙しい三成殿が、私などのためにこうして時間を割いてくださることが、本当に嬉しくて。その上にこのように可愛がって頂けて。…幸村は果報者にございます」

 幸せそうに、微笑まれる。
 その表情を見て、三成はせり上がってくるものを咄嗟に抑えた。けれど衝動が騒ぐ。彼が欲しいと、全身が訴える。此の手に抱きしめ、愛を囁き、その唇を奪い取ってしまいたい欲が、抑えられないーー。
 黙り込んだ三成に訝しんだのか、幸村がまた窺うように顔を覗き込んでくる。ああ、可哀想な幸村。この愛欲の塊に、自らその身を寄せるなどと。思っても、もう既に、遅い。

「三成どっ、」

 その手を引き、腕の中に抱き込んだ。
 文官とはいえ、三成も武士。腕力では未だこの年若い幸村にも負ける気はしない。
 加えて相手が三成だからと安心しきって無防備である彼に、抵抗など出来ようはずもなかった。慌てた彼が耳元で名前を呼んでくる。そうだ、もっと呼べばいい。もっと、もっと、求めてくればいい。

「…幸村、」
「三成、殿、」

 頭を押し自らも顔を近づけて至近距離で瞳を覗けば、困惑と動揺の色で惑う琥珀がそこにある。舐めてしまいたくなるほど澄んだそれを目にしながら、喉から欲を吐いた。

「…お前が、欲しい」
「…え…?」
「…俺のものにしたくて、ならぬ…!」
「みつ、っ!」

 色良い唇に、かぶり付く。
 触れたいとずっと思っていた。それに、今、唇で触れている。初めてでもあるまいし、たかが口吸いだと言うのに全身の血潮が沸騰したかのように身体が熱い。少し渇いたそれを舌で割り、臆病に固まった幸村の舌を舐めればびくん、と大袈裟に肩が跳ねた。それを押さえ付け、ねっとりと舌を絡ませる。

「んーっ、…ぁ、ん、ん」

 ざらざらした表皮をこすり合わせ、ちゅう、と時たま吸い上げると甘い声が上がる。縋るように袖を掴む幸村の手にぎゅっと力が籠ったけれど、気にする余裕など三成にはない。
 なし崩しに身体を押し倒し、口を吸いつつ手は着物越しの身体をなぞる。それに気付いたのか幸村が悩まし気な表情で、三成を見上げてきた。平素では助けてやりたくなる庇護心を擽るそれも、今この場では逆効果以外に他ならない。それでも潤んだ瞳が告げる言葉はきっと制止なのだろうと思うと、ほんの少し火照った頭が冷える。

「ん…ぁ、」

 漸く唇を開放すれば、苦しそうに幸村が喘いだ。それにやっと罪悪感が芽生え、三成はそっと幸村の上から退く。
 ーーまだ垢抜けぬとか、彼は鈍感だから自分の感情に気付いてるわけがないだとか、先ほど散々考えていたのは一体誰だったのだ。苛立ちに似た気持ちでそう心中で吐き捨てる。目に溜まった涙を指で掬ってやり、三成は重く彼を見下ろした。

「…すまぬ」
「…三成殿、」
「不快だったろう。俺はもう帰る故、お前はこのまま休め」

 幸村の目を見ることが出来ないまま、そう告げる。一時の衝動に身を任せ、幸村を泣かせるとは愚の骨頂。内にいるもう一人の自分が楽しそうにそう言う。そうだな、と三成自身も思う。これまでの関係を崩したのは間違いなく自分だ。
 とにかく居た堪れなくて、これから幸村に何と声を掛けられるかが恐ろしくて三成は早々立ち上がる。踵を返したその時、ぐっと袖を引っ張られる感覚に足を止めた。

「…幸村」

 今この場でそれが出来るのは幸村ただ一人だった。故に驚かずに背を向けたまま名前を呼べば、もう一度強く袖を引かれる。

「…お待ち、くださいませ」

 静かな声だ。あまり聞いたことがない種類の声音だった。
 これは、怒りのものだろうか?そう思うと逃げ出したくて堪らなくなるのだけど、発端は自分だ、それだけはならぬと意を決して振り向く。幸村は乱れた衣を正しもせずにそこにいた。まっすぐに三成を見上げ、引き止めている。あぁ、自分は一瞬でもこの瞳を汚そうと思ったのか。そう思えば全身が総毛立つ気がした。そんな三成の心境を知ってか知らずか、幸村がそっと口を開く。

「…不快になど、思いませんでした」
「嘘はやめろ」
「嘘では、ございませぬ……幸村は、あなた様がお情けを下さったのだと思ったのです」

 言われた言葉に思わず目を剥いた。
 それは、つまり、どういうことだ。固まる三成に、幸村は居住まいを正して更に続けた。

「三成殿はお気付きになられたのだと思いました…。私の、この浅ましい思いに」
「浅、ましい…?」
「…あなた様はお優しいから、幸村に情けをくれようとお思いになられたのだと。…三成殿、」

 お慕い申しております。
 深々と頭を下げられ、三成は思わずぽかんとそれを見つめてしまう。
 こんな都合の良い話があるのだろうか。
 鈍い鈍いと思っていた子どもが、まさか。
 ーー鈍感なのは、どっちなのだ。
 うっかり自分に突っ込みを入れてしまいながら、三成はへなへなと腰を下ろす。三成が声を掛けるまでずっとそうしていそうな幸村に、顔を上げるように言えば眉が下がり耳まで赤く染めた可愛い表情が窺えた。

「……幸村」
「…はい、」
「そう言うことは、もっと早く言え、馬鹿」
「……え、」

 ぽかんとした顔になった幸村に一つ舌を打ち、その肩を引き寄せる。先とは違い、些か冷静である分気恥ずかしくて堪らない。けれどこうでもしなければこの男は分からぬのだから仕方が無い。

「……俺もお前を、」



好いているぞ、幸村














end.

















フリーリクエストのお言葉に甘えて「謠恋」の秕さまより三幸をいただきました!!!
前半普段の溌剌とした弟属性全開だったのに、話が進んでいくうちにどんどん色気が増していく…。
幸村さんたら二段構えでわたしの心を貫いてきました…なんて色っぽい…!!
そりゃあ三成殿も抑えが利かなくなるよね。
強気にぱくりと食べてしまってください三成殿!!
チキンが勇気出した甲斐がありましたv
秕さま、本当にありがとうございました♪









2014.05.29up